道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

俺流節約結婚式プログラム

先日のクラス会からなにかこう思考の趣が変わってきていてなんかこう、昔のことを思い出していた。
ともあれ今日も仕事で疲れた。

結婚したのが2000年なので、来月9年目の結婚記念日を迎える。
結婚式のビデオって好きだ。いや。自分の。
結婚式というか、披露宴のビデオ。
脚本・演出、俺。みたいなの。

結婚しますと言ったとき無職だった俺は、あんまりお金をかけないで結婚式とか披露宴とかしないといけなかった。
でも嫁さんはウエディングドレスを着ることを夢見て大きくなってきた元女の子だったし、俺もそれなりに長男だったりするので、式をしないとか披露宴なしとかっていう選択肢はなかった。
あんまりお金をかけずに式も挙げ、披露宴もするってことになった。

目標は、ご祝儀でペイできるレベル。
赤にならなきゃいいってことで。
式に関しては信仰のある我々なのでその本部で挙げて、衣装も俺なんて自前、嫁さんに至っては誰かが貸してくれた。地元の式場を頼むと式用の美容もついていたから、実質式はめちゃ安かった。何万円程度。

披露宴に関しても色々と削った。というか無駄なものは省いた。
70人で90万円くらいのパックで、呑み放題にもなるし、新婦のお色直しも一回付いた。
引き出物も一品頼めば後は持ち込み自由だった。
だから、カタログギフトだけ式場で注文して、それ以外は全部持込にした。

引き出物を入れる手提げ袋も、100均で80枚くらい買って持ち込んだし、披露宴後に皆様にお配りするクッキーは嫁さんが手作りした。披露宴のパンフレットも校正を友人のセミプロに頼んで印刷は自分たちでしたし、司会も友人。式で使う音楽も、MDとCDを自分たちで選んで持ち込んだ。

カメラマンも、従姉妹と姉に頼んで撮影してもらったので金がかからない。
そういう、手作りに近い披露宴にした。
でも、来賓もあることなので、全体の進行などはプロである式場の方々に一存した。

そもそも、俺が何でそこまで自分で披露宴を演出しようと思ったのかは、きっかけがあったんだ。
嫁さんの幼馴染でもある親友が、結婚をするに当たり、新婦友人代表でスピーチしてよと言ったところ
「泣かすよ」と言ったことだ。
そうか。それならそれなりに披露宴をしたいなって思ったんだ。

それまでいくつかの披露宴に出席していた俺は、つまらない宴にうんざりしていたのも事実だ。
グダグダな流れ、うますぎる司会に取り残される会場。ご満悦の新郎新婦に、冷めた会場というような、そのような空気で舞台に上がることは耐えられないとは思っていた。

で、そんな時誰かの何かの本を読んで、
「披露宴てめんどくさいー」と訴えた彼女に
「結婚したことを一軒一軒親戚に報告に行くよりは、まとめて招待してお互いに紹介した方が一度で済んで楽だろ?」と彼氏が言っていたのを見て、気が付いた。

結婚て、自分たちだけがするんじゃなくて、家同士がするものでもあるんだ。って。
そして、披露宴て言うのは、両家の親戚同士の前で「私たち結婚しました」=家族になりました
つまり親戚が増えましたっていうことを報告する場であり、また、新しく親戚となった方はこの人であり、さらにその家族親族はこれらですっていう紹介も兼ねてのことなんだって思った。

そういう風に思ったら、お互いのことをお互いの親族にきちんと紹介できる場を設けなければいけないという意識がすごくたかまってきて、さっきの嫁さんの幼馴染が「泣かすよ」と言ったことが俺の中で大きく大きくなってきた。
それなら、その友人のスピーチをメインに持っていくような披露宴を作ろうと思ったことが、何よりのはじまりだったんだ。
なぜかといえば、自分の結婚した相手がこんな人なんです、これから大人の仲間入りして親戚の中でも色々とお世話になりますっていう際に、「新しい旦那さん(お嫁さん)はどんな人なの?」って知るためには、その友人に聞いてもらうのが一番だと思ったからだ。
俺たちはこんな人たちに囲まれて成長してきました。って、親しい友人を紹介することで相手方の親戚への自己紹介になるんじゃないか、って思ったんだ。だから、親戚のおじさんおばさんたちと同じくらいかそれ以上に、友人たちの出番を自由度を高くして設けたんだ。
中にはTK氏のスピーチを聞いて「あんな奴が友人代表なんてケシカラン!」なんて怒ってしまう人だっているかもしれない。でも、TK氏の話(ネタ)は、それ以上に予想外に一般のおじさんおばさんに受けていたし、それはそれで驚きだったけど、俺的には非常に助かった。し。
嫁さんの友人も開宴間もなく両肩をあらわにしていた酔っ払いもたくさんいたけれど、うち方の親戚で「ケシカラン!」っていう人もいなかった。

だいたい、新婦の友人代表のスピーチとかは、乾杯の直後の出し物あたりに設定されていて、人前に慣れない若い女性が手紙を読んだり痛い唄を歌ったりで終わりじゃないですか。しかも乾杯直後は親戚一同が飲み物を継ぎまわっていたり出席者もようやくありつけた食事に目いっぱいで、そんなつまらない話や出し物を聞く余裕すらない。
だったら、そんなとこにメインを持っていくべきじゃないと思った。

俺は演出家じゃない。全体の流れをどのように作るかなんて、したことがなかった。
でもしてみたかったのでしてみることにした。
披露宴を挙げる以上、いくつかの欠かせない要素はある。まず、新郎新婦入場。次いで、仲人の挨拶、主賓の挨拶、乾杯だ。

これはもういじりようがない。結果的には仲人の挨拶がまさかあんなに長くなるとは誰も予想していなかったけれど。
それを受けた主賓の挨拶は見事だった。
乾杯をお願いした俺のおじさんは人前に出ることが何より嫌いな人なんだけど、お願いしないわけにはいかなくて
「だったら、締めをお願いしたらかわいそうだよ。最後に控えていたらおじさん快く酒呑めないよ」という意見の下、乾杯役に。
その後、ご歓談タイムとなる。

通常であれば短い歓談の中に新婦友人代表スピーチなどがありお色直しに突入する。
俺はそこに新郎友人代表スピーチをもっていった。なぜならば、新郎友人代表スピーチも組み込まなければいけないプログラムながら、入れるべきところがないし、ここで身体を張って時間を自分のものにできるのは彼しかいなかったからだ。
そして、見事に場を持ち去ってくれてありがとう。TK氏。
お色直しといきたいところだが、もう一つここでプログラムを入れた。
嫁さんの親戚方の代表ご挨拶だ。
乾杯も締めもこちらでやらせていただくことになったので、親戚代表ということでお世話になっているおじさんにお願いをした。
というかやらせないわけにいかない事情もあった。
ハーモニカの演奏と全員での替え歌の合唱。
場が一つになった。と言いたかったがなんというか、だった。

ここで新婦お色直しのため退場。
ここでもちょっと演出あり。

俺の母親は結婚式場でパートをしていて、ちょっとよい演出として、おばあちゃんにプレゼントしたら? ってネタをくれた。
それはいい! と快諾をした俺たちは、嫁さんにプレゼントを用意してもらって、わざわざ遠くまで来てくれた俺のばあちゃん、俺の母方のばあちゃん、そして、嫁さんのばあちゃんに、お色直しの退場をしながら、プレゼントを手渡した。
司会のナレーションの「おばあちゃん。ありがとう。」というのは、披露宴の席においては新鮮に聞こえたし、とても柔らかく聞こえたように思うのは手前味噌。

さてお色直し中。新郎はお色直ししません。予算とってません。
一人で高砂(新郎新婦が座ってる一段高い席ですね。仲人さんも一緒の場合もありますが、今回は乾杯と同時に仲人さんには来賓席に下がってもらうことにしていました。)

お色直しも終わる頃、新婦の下に出向いてプロのカメラマンさんに写真を撮ってもらいます。

そんでもってお色直し入場。
新郎は同じ服で、新婦は新しいドレスで入場です。
ここでキャンドルサービス。
嫁さんの好きなTUBEの曲でキャンドルサービスをしました。

キャンドルサービスも程なく終わり、新婦友人によるカラオケ。
これがまた、サプライズを狙ったのでしょうが、唄中に新婦を舞台に呼び出して歌わせて、最終的に新郎新婦にキスをさせるというような、そういうネタを仕込んでくれていました。
唄中にマイクのところまでいってた嫁さんと、まあ、しらけさせちゃいけないのでちゅってしてみました。ご馳走様でした。
というか、仕込むなら事前に言って欲しかったです。中途半端な仕込ならやらない方がいいくらいにきついです。

さて。新郎友人代表や、新婦友人代表の歌や、新婦側親族代表のスピーチ、お色直し、ケーキ入刀(お色直し退場の前にやりました)、キャンドルサービス、さらに歌、とまでやれば後は終盤畳み込むところです。

俺が仕込んでいたネタはフォークシンガーでした。
友人であるYに、ギターで唄って欲しいとお願いしておきました。
さだまさしの、関白宣言と、秋桜を唄って欲しいと。
その後の演出の流れは以下です。

新婦友人によるカラオケ、新郎新婦によるキス披露終わり。新郎新婦高砂に戻る。
Y紹介される。唄披露。
舞台に椅子、譜面台、スタンドマイクが用意され、ギターを抱えたYが座り、
「皆様のお手元の冊子は、友人のY氏がデザイン、制作なさいました。」と同じく友人であるHが紹介し、関白宣言を唄ってもらう
普通以上にうまい唄を披露してもらった後、
司会が新郎の唄をプレゼントしますと紹介し、新郎、さだまさし「関白失脚」をカラオケで唄う。
新郎には生ギターで歌えるほどの歌唱力もないのでカラオケでごまかす。
一般的には関白宣言→関白失脚の時点でネタ成立。
しかもなぜか終盤の「らーららーら」でにわかに一体感生まれる式場。

「ありがとうございました」と新郎いそいそと退場。
するとなぜかそれまでそこにいたYが改めてギターを弾き、秋桜を歌う。ここでは司会トークなし。
一番を歌い終わり間奏に入ったところで司会喋る

「ここで、新婦のおさななじみでもある・・・・」

ここでようやく、新婦の幼馴染でもあり、「泣かすよ」と言った友人のスピーチである。
俺が披露宴を組み立てるにあたっては、新婦の友人代表スピーチが、どれだけ人を泣かすことができるのだろうということが根幹にあった。それならばそれなりの演出にもとづいてスピーチをさせる必要がある。
ちうことで、ここの最終にもってきて、入れた。
隣ではYがギターを、秋桜の間奏を生で奏でていて、新婦の友人代表として最後のステージに立っている彼女。
何も考えてないんです、と話し始めたんだけど、すでに式場全体の集中力もハンパなくて、言いたい事を吐露するかのごとく語りかけた彼女、とてもいいスピーチだった。飾られてなく、決して上手ではない、それがまた、いいスピーチだった。
彼女のスピーチが終わり、Yがそのまま秋桜の2番を歌い、その間に新郎新婦は高砂から降り、新婦の手紙の準備をした。

Yの切ない秋桜の熱唱が終わると、司会の声が静かに響いた
「ここで、新婦からご両親にお手紙をお送りします。」

嫁さんは、自分の父、母、そして、俺の父母にあてて手紙を読んで、お互いにお互いの親に花束を贈り、親戚のおじさんが締めてくれて、披露宴は見事お開きになった。

そういう披露宴をしたんだった。と、約9年ぶりに思い出した。
一つだけいうとすれば、プロである司会者さんは、小さな披露宴では明らかに浮いてしまうので、どうにかした方がいいんじゃないかなってことでいいかな。だめかな。