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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

メディアクリエイターたちへ

ブログ ネット


 ちょっと前のことになるけど先月の話。
 インターネットがざわついていた。インターネット? いやブログ周辺? つーかはてな界隈だけかもしれない。
 詳しい話は追ってないんだけれども、どうやら若い人たちが「ブロガーってダサくね? 俺たちメディアクリエイターって名前でブログブームを再燃させようぜ」ってことで盛り上がっていこうとするところへ老婆心たっぷりのおじさんたちが「をいこらちょっと待てや」となっていたらしい。よくわからん。

 で、別に、いいじゃーないのーって思うわけですよ。本来ね。でも、ダメよーダメダメってなってるのはなんでかっていうと、ブログブーム再燃なんですけどそれは、「ブログで儲けようぜ」ってことだから、をいちょっと待てってことになってるんですね。
 別にブログで儲けたっていいじゃーないのーって思うんですが、それによって「ブロガーって名前がダサい。ジジイども邪魔」みたいな煽りが入ってきているところがもう、ダメよーダメダメ、なわけですね。そういうところでも炎上の火の粉を振りまいてPVを稼いでいくスタイル嫌いじゃない。

 いやでも、そう言われればここんとこ急激にはてなのホットエントリにそれっぽいのが上がってきてるなッて思うんですよ。それっぽいのってのは、そういう若者たちが書いているであろうエントリがです。昔のネタの焼き直しというか、「え、それ今?」みたいなの。確かに面白く書けてるし上手だなーってのは思うんだけど、それ今か? っていうカンジがする奴。それにまたブクマがたくさんついてて、ブコメの内容も「あれ、、、若いぞ、、、」みたいに感じるやつ。河田が桜木にマークついた時に「あれ。。まだいる」って感じた時の違和感てこんなだったのかな、って思うような。
 はてなが一部上場して、若者に媚びてきたのかおっさんたちいよいようざいよと判断したのか「こんなトップページじゃ株主が納得しない」と気付いちゃったのかわからないけど、俺が陰謀論者だったら真っ先に政府の陰謀を疑うレベルで雰囲気が変わってきた。

 そういうことを眺めながらもやもやしていて、でも俺達のスタイルとしては「時代と共に変わっていけばいい。だってここはインターネットだもの」ですよ。だって俺達だってインターネットを作ってきたわけです。それまであるものを色々いじって変えながら今に至っているわけですよ。
 だいたいブロガーって言ったって10年やそこらじゃないですか。ブログが立ち上がった頃、まさにインターネット黎明期にあって、それまでパソコン通信とかやって来た人たちは「なんだこれは」って思ってたはずです。そういうことが何度も何度も繰り返されて今に至っているわけなので、「ブロガーを笑うものは己もまた笑われているのだ」とか、意味の有りそうでまったくないようなセリフをもごもご聞き取れないレベルで口ずさんでいい立場ではないのです。

 「ブログってのはそもそもなあ」とか「ウェブログって知ってんのか」とか「コメントとトラックバックがあってさあ」とかそういうことを言ったところで、今の若い人たちが「超ウケル」とか言ってくれることはないわけですよ。そういうものなのです。俺たちは老害老害としての自覚をしっかり抱いて生きていかなければならないのです。

 ただししかしながら、今を生きこれからを築いていく若者たちも、「ブロガー笑 俺たちメディアクリエイター。産業廃棄物乙」と死語や造語を駆使して我々を笑うのであれば、その歴史もまた知っていなければならないとも思うのです。歴史を作るものは過去を知らなければならない。その上で、より良いものを後世に伝えて貰いたいと思うわけです。
 ブログの歴史ではなくて、インターネットの歴史です。なぜテキストサイトだったのか。なぜブログだったのか。なぜ俺たちは長文を書き、画像や動画を貼ることをしないのか。なぜ、そうなったのか、そうであったのかを。

 ひかり回線が今は当たり前になっていて、街中のあちこちでwifiを拾える今。
 スマートフォンで4G回線で月間ギガ単位の通信を誰でも行える今。その今を生きる若者は、「そうでなかった昔」を知らないでしょう。
 高画質で何分もある動画をなめらかに再生する。数々のアプリを同時に起動しつつ、さらにバックグラウンドで通信をする。そんな端末が溢れている今、画像一枚表示させるのにその能力をマックス駆使していた端末を持ち歩いていたことを知らないでしょう。
 なにより、通信にはお金がかかる、ということを、あなた達は知らないでしょう。
 今はスマホがインターネットの主流になっています。4G回線にしてもwifiにしても、その回線を維持し運営するにはとてつもないコストがかかっているのです。それをユーザーは通信料という形で負担してきました。

 お父さんやお母さんに聞いてみてください。「パケ死ってなに?」と。
 あなたちが産まれてまだ無邪気だった頃、お父さんやお母さんは、何度かのパケ死を繰り返した後、EZフラットやパケホーダイというサービスを得たのです。
 通信料が高額にならないように、写真のサイズを小さくしたり、送りたいデコメを我慢したり、メールの添付ファイル自動受信をオフにしたり、ブラウザで画像が表示されないように設定したり、していたのです。

 そうして通信料を節約して、今の君たちがいるのです。

 そういう中でインターネットを利用してきた俺たちは、必要のない写真がブログ記事に貼ってあったりするのを嫌うのは当然のことだと思いませんか。
 本文に動画が貼ってあっても再生するという習慣がないのは当然なのです。

 ましてや。そこそこおもしろい記事であるのに、そこに広告がガンガン出てきてクリックを誘導してくるようなそんなブログを賞賛しあうような、そんな流れを微笑ましく思えるわけがないのです。
 ブログを書いて広告収入を得ることが悪いとは誰も言っていないと思います。しかし、広告収入だけのために、ブログを運営していくことは、我々は快く思わないのです。それはきっと、そこそこ可愛い女の子が、アイドルになるためにカーリングを必死に練習している姿を眺めるカーリング協会のおじさんたちに通じるものがあるのではないでしょうか。

 今、メディアクリエイターとして華々しく活躍しているあなたが、10年後もブログを書いているでしょうか。形は変わっても、流行は違えども、文章を基軸とした固定のウェブサイトを、何らかの形で運営しているでしょうか。
 ほんの少し、考えてもらえたらいいな、と思います

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