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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

東京オリンピックなどなど

 約二ヶ月ぶりの更新ですがいかがお過ごしですか。
 その間ダイアリープラスの期限が切れ、更新するまでもないなあと思って放置したので、また広告ありのブログになってしまいましたが、広告料は私の手元には入りません。はてなに収納されるようになっておりますのでご安心ください。
 ただしアマゾンをのぞく。

 今更俺が説明するまでもなく、ここ何ヶ月か東京オリンピック関連で世間が騒がしいです。
 奇しくも東京オリンピックの開催が決定してからまる2年だそうです。「おもてなし」とか言っててまた意味もわからず単語が一人歩きするのかと思ったらそれすらもなく、ただネタとしてのおもてなしだけが宙に浮いたようなそんな2年でもありましたが、どこをどうやったらこの騒動におもてなしの心があるのだろうかと不思議でなりません。
 個人的には滝川クリステルは日本で一番セクシーな女性だと思います。

 ここ数ヶ月の話題といえば、まずは今国会で審議されている安全保障法案についてが挙げられると思います。
 これについては俺は反対なのですが、だからといって反対をしている若者たちや大人の団体と協力しようという気にはなりません。与党は与党で、安全保障を強固なものにしなければならないという現状をもっとかみ砕いて正直に話すべき、かつ、であったとしても集団的自衛権行使というのは飛躍してしまっていないかと(存立危機事態には個別的自衛権で対応可能なのではないか)いう思いと、反対派が「戦争反対」と言っているので、その戦争反対の思いは与党も同じだと思います。というですね。そういう咬み合わない攻防が、なんというか国民置き去りだなあと思うわけです。
 まあ、なにより安倍首相の緊張感のなさがもっとも腹立たしいのは反対派の皆さんと分かり合える部分だとは思っていて、「お前があり得ないと言ったところで、後世の権力者が解釈を異にできてしまうような文面では不十分なんだよ!」というシンプルな思いをちゃんと受け止めてくれないあのヘラヘラした態度がとても先進国首脳であると思いたくないのです。
 だからこそ、今回の自民党総裁選が無投票再任になるというこの流れは、ああもう自民党そのものに反対の世論を吸収してくれる余地が無いのではないかと思わざるを得ません。
 与党内と言えども様々な意見があって、今の安倍さんの暴走にブレーキをかけようとしてくれる人がいない、という結論が、この無投票だ、と思えます。野田聖子だろうがなんでもいいので、自民党内にも異論はあるんです! というのを国民に見せつけて欲しかったところです。

 さてそんなことはさておき、まずは新国立競技場建設費問題です。これについては森元首相ラグビーワールドカップで、とかなんとかいう話が始まって、ビジュアル的に怪しい海外の建築家が登場したり色々と騒動がありましたが、要は当初見積もりより建設費が倍くらいに膨らんでいるのでなんとかしろよみたいなことになって、じゃあわかったよ白紙撤回するよ、と、上述の安全保障法案の衆議院通過のタイミングで政治的解決を見たものであります。が、結局その後再度見積もったところ、建設費を低く抑えるために屋根をなくし空調もなくすという、頭湧いてるのか、という結論に至ったようであります。
 まあ東京のことだから尊い群馬県民である俺には関係ないね、とも言えなくないのですが、それにしてもこれは見直しの見直しをした方がいいんじゃないですかね。
 ここ数年、東京の気候を考えた時に、「ゲリラ豪雨」と「酷暑」そして「積雪」を抜きには語れないと思うんですよ。
 それを、オリンピックのシンボルとしてつくり上げるこのスタジアムが「夏は暑く冬は寒く豪雨のたびに競技に影響が出るし雪が降れば身動きがとれない」というようなシロモノであるというのは、これはもう世界どころか国内で笑い者じゃあないですか。
 こんな使いづらい施設を、どんなイベント屋が好き好んで使うのか。近くには大きな屋根付きのスタジアムとかがあるんでしょう? 東京だもの。

 これについて業界の人が解説してくれたエントリがどこかにあったのですがネットの海で探せなくなってしまいましたごめんなさい。ただ、その、ザハさんのチームが綿密に二年間調査調整してきたものを活かして新しい設計をすることがもっとも合理的だというのはなるほどそういうものなのか、と目からうろこで、素人考えはやはりどうにもならんもんだと思い知らされたものです。


 そしてエンブレム問題です。
 当初海外の映画館?から、デザインが酷似しているという理由で使用差し止めがあったということが発端だと思うのですが、デザイナーの過去の作品などに別の問題があるという疑いが広まり、話題があらぬ方向へ展開した挙句、エンブレムを取り下げるというこれまた明後日の結果に至ったものです。
 で、パクリかそうではないか、はもうきっと叩いている皆さんには問題ではなくて、そのデザイナーの作品を使うな、というところで立ち止まって騒いでいる人もいまだ多く見られるし、もう少し発展してデザイン業界そのものの組織的な体質が汚れているからダメなんだというところで問題視している人も増えてきたように見えます。どちらにしてもこのエンブレムがなぜダメなのかということはよくわからないままになってしまいました。俺の見ている範囲では「ダサい」的な意見でプロもアマも一致しているようですが。

 そこへきて、話題のエントリが問題点をごっそりかっさらっていってしまい、これは皆様「うーむ」と唸ってしまっているようです。

  よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?

 「お読みになる前に」すら読まずにデザイナー憎しのコメントを寄せている新参のネットユーザーも多いようですが、コメント欄の百人組手って懐かしいなあ、と思いつつ執筆者の深津さんのご苦労をお察しします。

 それについてやまもといちろうさんがエントリをあげています

  オリンピックエンブレムのデザインに剽窃は無かったであろうと判断するに十分足る論考を読んで

 これはもう、それぞれのエントリを読んでくださいとしか言いようがないんですが、この問題について俺が思ってるというか、嫌だなと思うことが二点あるのでそれを書きます。

 ひとつ目は、このエンブレム問題を通して、ネットが悪者になっていく流れです。特にテレビで。ネットユーザーによる「叩き」が異様に膨らんでいき、デザイナー個人を叩き、その家族にまで被害が及ぶという異例の事態、みたいなことで取り上げたりしてます。
 この、普段はネットからネタを拾ってきて恥ずかしげもなく垂れ流す番組を繰り返し、続きはwebで、とかいうわけのわからん情報を流しているテレビ局が、その放送の中でネットは悪だという論調を強めているのは非常に滑稽です。
 というか、これだけインターネットが広まった今、ネットの声は国民の声であるという認識を、それが府の側面が強くなっていたとしても、きちんと受け止めて処理することが、大手メディアの能力として必要なんじゃねえのか、というところです。
「お前らだってネット使ってるじゃん。しかももろ商売として」
という思いしか浮かばない、「ネット=悪」の論調です。
 それなら局のホームページに「インターネットには悪い情報がたくさんあふれているのでなるべく利用しないようにしましょう」とかでっかく書いておけばいいのに、と思うんですよ。
「うちの局ではインターネットを利用していないスポンサー様の広告しか流しません」みたいな態度を表明するとかさ。
 叩きやすいところを叩いて自分に火の粉が飛んでこないようにするなんて、スネ夫みたいな奴ですよね、テレビ局って。

 二つ目。これもテレビ絡んでくるんですけど、上記の深津さんの記事などを読んで、やはり素人には到底想像すらできない、業界ならではのプロセスというものがあるのだなあ、ということがよくわかるのです。これほんと、インターネットの大きな産物だとも思うんですが、それと同時に、

「なぜ大手メディアがこういう解説を、きちんとできていなかったんだろう」

 というのが非常に疑問に思いました。
 たとえば池上彰さんとかにこの問題を解説させたら、これに近いような論理でわかりやすく話してくれたんじゃなかろうか、みたいに思ったりするんですよ。
 それがメディアの役割なんじゃないのかと。
 なにかっつーと「専門家は」とかっていうナレーションと同時になにかの専門家が現れてよくわからないことを言って消える、というのが報道番組に定番ですけど、あれだって自分の欲しいコメントをしてくれる専門家に取材して、しかも使用したい部分だけを切り取って流したりしているわけですよ。いや、できちゃうわけですよそういうことが。
 そうじゃなくて、専門家の解説をきちんと噛み砕いて、一般の人たちに分かるように問題点を整理して伝える、ことこそが、メディアの責任じゃないですか。ただ事実を垂れ流すだけなら、あんたたち要らないでしょう。NHK一社だけで十分になっちゃうでしょう。
 それなのに、国民感情(笑)に迎合するかのような内容に仕上げて、無理やり話題を大きくすることばっかりやってるのが現状じゃないですか。それでいて世論(笑)が大きくなってきたら「ネットの暗部」みたいなことで叩き始めるとか。。。

 いやほんと、不思議です。
 なぜ、このような解説を、テレビや新聞などが競ってしたがらないのか。もちろん、深津さんの意見にだって異論はあるはずです。業界内からも。そうした意見も拾っていって、よりよい業界を作ってもらうなり、今回で言えば、オリンピックを気持ちよく開催できるような流れをつくっていくことを目指してくれるのが、メディアじゃないですか。

 ほんっと、そのへんのことが不思議でもあるし、嫌悪感を抱いてしまうんですよ。
 というわけで、オリンピックそのものが白紙になればいいのにな、と思ったりしますが、群馬県民なのでそれをどこまで言っていいのかよくわかりません。
 もし、選手たちが可哀想だというのであれば、オリンピックそのものをそんなに盛大に仕上げる必要がないわけで、競技だけをきちんと運営する能力があればいいわけですよね。それなら喜んで賛成しますよ。

 オリンピックの問題を見ていると、なぜか24時間テレビを思い出してしまって、どちらも年々嫌いになっていきそうです。