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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

コミュニケーション能力の低い店長とかそういうの

 急に35度とかやめてくださいおはようございます。身体がついてこないしんどい。

 店長という職種にも色々な人材がいます。当然です。特に大手チェーン展開しているようなサービス業態では顕著かと。
 まず、店長というのは経営側、会社側が任命するものです。会社としてその店舗の責任者に任命し、目的を達成させるためです。
 他方、店長というのは店舗内においてスタッフを使って目的を達成していこうとします。
 当然スタッフは店舗での業務をこなします。それぞれに与えられた仕事があり、目標があります。

 会社によって、店長に与えられる権限も違えば、精神的なプレッシャーも違います。店長がのびのびと運営に専念できることもあれば、常に本部や上司の顔色を伺っていないといけない会社もあります。
 ここでは、ある程度店長に権限があり、店舗としての運営をしていける状況を前提とします。

 店長になる人材というのは優秀であるかといえば、それは違います。なぜならばどの業種でもなぜか今は人がいないからです。これだけの不況で、就職率が低いにも関わらずです。ですからある程度の経験があり、店舗のことや業務をある程度知っている人間であれば店長に「とりあえず」任命されることは珍しくありません。
 本部から出される指令をとりあえず店舗に浸透させるなり、店舗の人間として祭り上げられるための人間が必要だからです。

 さて。店長にもとめられるものとはなんでしょう。
 まずは本部からの指示にしたがって店舗を運営していくことです。売上をあげること、利益を出すこともその一つです。
 ですが、本来その会社全体が社会に対して責任として考えていることはなんでしょう。ということにまで一度立ち返らなければいけないと思います。
 飲食店であれば、美味しいものを提供して地域の人達に楽しんでもらうこととか、ゆったりした時間を過ごしてもらうため、とか。アパレルであれば、ある一定の条件の人たちにとってのファッションの発進基地になったり、安定して衣服を提供して楽しんでもらいたいとか。
 よくわかりませんけど色々あるはずです。

「お店はそのためにあるんだ」

 という認識が、すっぽり抜け落ちてしまっていることが多いように思います。

「そのために、売上や利益をあげていくことが必要である」

 ということです。売上や利益はすでに手段にすぎません。本部はともかく、店長レベルに数字を執拗に追わせるのは、その目的そのものを見失わせる大きな原因になります。特に短期での細かい数字のことなどは目をつぶっていくことが必要でしょう。

 では、その、そもそもの会社、店舗の目的があり、そのために店舗を運営するとしたら、スタッフに店長はなにを求めるでしょう。
 もちろん店舗には限られた人員しかいません。無限に使えるだけの人材はありえません。
 まずは中心となるスタッフの発掘です。自分と同じような数字の見方、現状の把握、考え方、そして指示ができる人間です。
 そして、その中心スタッフたちが、現場のスタッフに対して、たとえば「お客様の利益を第一に考え、再来店してもらえることを再優先してもらうこと」や「第一に来店への感謝をしっかりと体現して伝えられること」などのシンプルな動機を徹底させます。
 ここは、ぶれてはいけない線だと考えます。どの時間帯、どの季節、そして将来的にも普遍な一点でなければならないと思います。

 そうしたら、あとは、具体的に展開すればいいのです。
 少ない人数で大勢のお客に対応するにはPOPやチラシ、ホームページなどでの発信をしていくのでしょうが、そこにも上記の精神が流れていればいいのです。
 なによりその軸がブレなければ、スタッフが自らの判断で動くことができます。

 店長は中心スタッフを信頼し、中心スタッフは現場スタッフを信頼し、相互の相談やその場の状況で、瞬時に判断を下していけばいいだけです。

 もちろんこれは、店長以下のことではなく、本社と店長までの関係にも当てはまりますが、今日は省きます。
 とにかく、店長とはそういう、お店としての方向性を常に指し示している存在であるべきです。
 そして、見てきたように、それをいかにスタッフに認識してもらうか、ということが重要なわけですから、少なくとも自ら「コミュニケーションが苦手だ」と明言して、中心スタッフと距離をとってしまうような人材は、店長として不的確である、と、私は思います。