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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

人間の生きる目的とは

雑文 天理教

 だらだら書く。おそらく何もまとまらないと思うので最初に断っておく。
 久々の更新だと思ったら前回が3月11日で、地震のことも書かずに変なことを書いていてごめんなさい的になっています。

 人が生きる意味。目的。目標。
 人はなぜ生きるのか。何のために生きるのか。

 このことについては以前にもどこかで書いてると思います。おそらく色んな所で繰り返し言ってることなので、ブログでも書いてると思います。
 もったいつけることでもないので結論を書きます。

 なぜ人が生きるのか、人は何のために生きるのか、といえばそれは、

「結婚して子供を産み育てるため」

 です。

 というのが数年前からの俺の考えです。
 俺の考えというのには根拠がありまして、俺の属性でもあるんですが、信仰に立脚します。
 信仰、すなわち神様の教えをひもとき、先人たちの記したものを見聞きし、学ぶ内に、人間がどのように作られたのかということを知ります。当然、なぜ、人間が作られたのかということも知ります。そして、人間はどのように生きるべきなのか、ということも知ることができます。
 その辺を考えていて、結論がこれです。
「結婚して子供を産み育てるため」に人は産まれ生きていくのです。

 なんでこんな話してるのかと言えば、まあきっかけは増田あたりにもあるんですが、それ以前に最近婚姻関係についての悩みを聞く機会が多くてですね、そのへんについても整理しておかなければならないな、と思っているところも大きいです。
 なお、結婚とは日本の婚姻制度によりません。結婚の形にも色々とあることと思いますし、それぞれの形の夫婦でよいと思っています。当然夫婦別姓だろうがなんだろうが構いませんし、戸籍がどうとか言うつもりもありません。なにせこの信仰の教えがあったのもたかだか170年ほど前でしかなく、婚姻、夫婦という概念も現代とも大きく異なるでしょうし、それ以前ともかなり違ったことでしょう。そもそも日本の婚姻制度などただの「法」でしかなく、それが正義であるということなど考えるまでもありません。

 話を戻します。
 繰り返しになりますが、人は「結婚して子供を産み育てる」ために生きるという結論なわけですが、少し順番に説明したいと思います。

人はなぜ、どのように作られ、何のために生きるのか

1.人はなぜ作られたのか
 太古の昔、地球が泥海であった頃。神様がそれを「味気ない」と思し召された。
 そして、人間というものをこしらえようとお考えになった。

2.人は何のために生きるのか
 神様はそのとき「人間というものを拵(こしら)え、その人間が陽気ぐらしをするのを見て共に楽しみたい」と思召した。

3.どうやって人間を作ったか
 割愛します。すっごい乱暴に言うと、いくつかの動物を食べて心根を味わい、8千8度の生まれ変わりを経たりして女猿〜人間へと成長していったという話です。また同時に地球上に陸地を作ったりしました。

 さてここまで天理教教理による前提です。
 つまり、人間とは陽気ぐらしをするために作られたのであって、陽気ぐらしこそ唯一普遍の、人間の生きる目的だということがわかります。
 陽気ぐらしとはなんでしょう。という問題があるのですが、「人々が助けあって暮らす世の中」と思ってもらえば間違いないと思います。つまりそれは、幸せとはなにか、という問の答えでもあります。幸せとはなにか、ということはそれなりに悩ましい問いであって、若い世代は特にそのへんで立ち止まって考えることも多いと思いますが、その答えは至ってシンプルです。陽気ぐらしを目指して生きる姿、それが幸せです。

 さて少し偏ってきましたが、陽気ぐらしという言葉を使ってしまうと途端に話がわからなくなる人が世の中に9割を超えると思っているのでそれを横において話を進めてみます。

すべての人に等しく平等なこととは

 神様が作った人間というものではありますが、現在生きている人間だけとってみても、とてもじゃないが平等であるとは言えません。しかし、すべての人に平等に与えられたものがあると俺は考えています。それは「死」です。
 産まれてきて生きている人は、すべて間違いなく、一度だけ死にます。
 死ぬ事こそ、産まれてきたことと同じく、すべての人に等しく与えられた機会だと言えます。

理想的な死とは

 俺は人の死に立ち会ったことってのがありません。そういえば。もちろん、自分が死んだこともありません。ですからここは想像でしかないんですが、理想的な死ってどんなんだろうな。と。幸せな死、と言ってもいいかもしれないです。
 産まれてきた瞬間も、様々だと思います。残念なこととはいえ望まれない出産があったりするのも事実でしょう。同様に、死ぬ瞬間も様々だと思います。その時をどのように迎えられることが、一番良いのだろうか。そういうことを考えていたわけです。
 そしたら、やっぱり、子供たちや孫達に囲まれて、「生きててよかった、ありがとう」と思いながら息を引き取ることができたら、とても良いことではないかと思うのです。子供たちや孫達も、おじいちゃんおばあちゃん、どうもありがとう、と見送ってくれたら、とても幸せなんじゃないか、と思ったのです。
 そういう死が、理想の死であると、思うのです。

理想的な生とは

 そこから、理想的な生き方ということが考えられるのではないでしょうか。
 そのような死を迎えるためにはどうしたらいいのでしょう。
 どのように死んだか、ということは、きっとどのように生きたか、ということですし、どのように死ぬか、ということは、どのように生きるか、ということです。
 家族に囲まれて(物理的に臨終に立ち会えるかどうかということではなく)死ぬ、ということに、富や名声や権力や社会的な成功というものが大きく影響を及ぼすでしょうか。逆に、富や名声をふんだんに得た人が、皆そのような死を迎えることができるかといえば、答えはノーです。
 そのために必要な物は、仲の良い家族であり、それを大切に過ごしてきた時間です。

人間が生きる目的とは

 ですから、俺は、「結婚して子供を産み育てること」が目的である、と思うのです。
 夫婦というのは家族を作り出すものです。やはり夫婦というものは必要です。子供は女性が妊娠して出産しなくては誕生しません。ですからその意味でも、男女、夫婦という約束は必要なのです。子供を育てる以上、まずは子供がいなくてはいけない。だから、夫婦になる。夫婦という約束は、結婚という言葉で十分だと思います。

 結婚しないという選択もあります。そういう人生を生きるというのも一つでしょう。そういう人にはそういう人なりの目的があり、目標があることでしょう。また、結婚していても子供は持たない(作らない)というご夫婦もいらっしゃるでしょう。
 それを悪いと思うことはありません。ですが、人間が生きる根本には、「結婚して子供を産み育てる」という目的があるのだということは、お伝えしたいと思っています。

それができないことは、不幸だと言うのか

 結婚がしたい。でもできない。子供が欲しい。でもできない。そういう人が多いことも知っています。俺の周りにもいます。ではその人達は幸せにはなれないのか。と言えば、まったくそんなことはありません。思ってもいません。
 残念ながら結婚して家族になったけれど、色々な事情で離れ離れになってしまうこともあります。親を亡くしてしまった子供たちもたくさんいます。病気や事故でパートナーを失ってしまう人もあります。簡単なことではないとわかってはいますが、再婚や養子といった家族の形もありますし、児童施設などへの寄付など、間接的に人の幸せになるお手伝いの形もあると思っています。
 そうしなければならない、ということではありません。あくまでも「結婚して子供を産み育てる」ことを基本として考えるべきであって、その目的に自分や、自分の子供たちの世代が近づいていけるように物事の考え方を運ぶべきだ、と思っているのです。

仕事も、遊びも、その目的のための手段でしかない

 結局これが言いたかったのかな、と思うんですけど、仕事が生きがいとか遊びが生きがいとかって人がいて、だから結婚はしないしたくない、とか、子供はいらないとか持てないとかっていう意見をよく見聞きするんですよね。でもそれは違うぞと。仕事なんて所詮給料もらうためのものであって、生きるための手段でしかないんですよね。給料もらわなきゃ生きていけないのはわかるんですけど、それは目的にはならないんです。仕事の目的は「給料もらうため」であって、それはなぜかって言えば「生活するため」であって、じゃあそれはなんのためなの? ってなったときに、「家族のため」なんですよ。
 もちろん社会貢献とか勤労の義務とかあって、だから俺も当然働かなくていいとか言うつもりはなくて、だけど、仕事のために家族が犠牲になったりましてや家族を持てないとか持ちたくないとかっていうことになっちゃあ本末転倒なわけです。
 それに、仕事上の評価や会社で出世したとかっていうのは、一時的な価値観でしかないし、本人が思うほど家族はそれを期待していないし評価もしないんじゃないかと思うのです。

 先日も結婚のメリットとかデメリットとかっていうエントリを放り込んできている女性ライターがいましたが、仕事をする上で結婚がデメリットだとかなんとかいうのはもう、おかしいのです。ましてや遊びたいから結婚はしたくないとか、自分が永遠に若くてキレイでいるとでも勘違いして脳みそ沸いてんじゃねえかと思えてしまうんですが、そんなのはもう、「結婚したくない」とか考えるために脳細胞を使う以前に、「自分がどうやってここまで育ってこれたか」を100回考えてみろと言いたくなってしまうところをグッと堪えたりするわけです。

 日本は、というか俺はパスポートすらとったことないので海外のことなんか知らないんですが、再挑戦が難しいのは知ってます。転職や再就職は非常にハードルが高いですそれはわかります。それでもなお、仕事や会社というのは人生において最優先されるべきものではないのです。なんのために行きたくもない会社に行くのか。なんのためにやりたくもない仕事をするのか。それは、あなたの家族のためなんです。

 どうぞ家族を大切にしてあげてください。何か重大な決断をしなければならない時、何のために生きるのかということを一度考えてみてください。
 あなたやあなたの家族が、良い人生を送れますように。

 思った以上にまとまりませんでした。