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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

ブログあたりのこと

 明日10月らしいです。この一ヶ月何をしていきてきたのかあまりよく覚えていませんおはようございます。

 昨日このへんに関する話題をいくつか見ていたんです。これについては特に思うこともあんまりないんですけど。ただまあ、マルチの親方にはちょとクスッとした。
 友人の友人じゃなくて妻の友人がマルチをやってたことがあって、たしかにそういう性格だったなーと思った。いわゆる「竹を割ったような人」ってこと?
 その人はもちろんマルチだと思ってなくて、その仕事が儲からないと思ったら早々にやめてたので大したもんだと思った。今は保険の営業やってるとか言ったかな。スピリチュアル方面とかにも触手を伸ばしていたりするので俺的にはめっぽう苦手な相手だ。

 で、結局この「特徴」にからもうとして皆さん失敗しているわけで、いや失敗というかものすごく失速してる。ほんとにどーでもいい内容だし、実際にその「好かれている人」と接触したとしても「はいはいそーですね」で終わってしまうんだろうなーとか考えてる自分を思うと父ちゃん情けなくて涙出てくるよね。
 ライフハックにもならないし、別に素晴らしいと賞賛しているわけでもないし、いいなあと思うところが料理好きで写真をFacebookにアップしたりしてる? うーんほんとにどーでもいいな。「文章書くのが好きでよくブログにアップしてやたら炎上しています」みたいなこととなにが違うのか。いやこれは俺のことじゃなくてたとえばmk2さんみたいな。好いてあげてください。

 で、思ったんですけど、あ時間ねえや。
 昨日もこんなこと書いたりして思ったんですけど、どーしてもブログって「べき」みたいな論調になりがちなんですよ。なりがちって誰がってことですけどそれは「みんな?」です。いやそーじゃないのはわかるんですけど、えっとじゃあ、初心者? みたいな。
 公開する文章を書くときにやっぱ緊張するじゃないですか。構えるじゃないですか。そんで、そこで、それなりにちゃんとしたこと書かなくちゃと思うと、「べき」みたいな論調に落ち着いちゃうんじゃないかと思うんですよ。
 そのほうが、同じようなことを考えてる人の同意を得やすいし、気づきを与えるという点においては説得力があります。
 そもそも文章っていうのは、基本的には本という媒体で触れることが多く、本を出版するにあたってはそれなりの論を展開して、金を出しても読んでもらいたくて金を払っても読みたい人がいるってことがあったと思うんですけど、ブログというものはそうではなくなった。

 で、そのブログ界隈である程度長くやってるとただ「書きたい」が先に立つ人ってのは落ち着いた環境を求めてきて、そうすると「べき」論からの脱却を図って「思う」的になってくる。
 俺はそう思うし俺はそう思ってる。でも君たちはどう思うかは知らねえよ。っていう。
 だから反論するなよ炎上させるなよめんどくせーから。ってことになるのかな? ある程度の規模は保っていたいけど、大きくなるのは得策じゃないじゃないですか。インターネット界隈で個人で展開するサイトってのは。
 それを商売や生業にしたい人ってのは釣りエントリ書いてアクセス稼いで収入得てホクホクなんでしょうけど、趣味の息でやっていくにはそれは難しいよねーという。

 というわけで何が言いたかったのかわからん。
 同意できないご意見をいただいてそれに回答できなくて困ったんだよ。Facebook爆発しろ