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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

親学というのがなんかヤバイらしい

 まずは今朝ツイッターで見かけた記事

  トンデモ教育論「親学」を推進してる人たちの話

 やべえ。なんかわかんないんですがやばい感じがビンビンする。詳しい内容はリンク読んでください。これよりやばい感じを伝える自信はまったくないです。

 でね。これの活動内容はもうめちゃくちゃです。でも、顔ぶれを見てもいわゆる「偉い人」がメンバーとして推進してる。日本の中でも有数の超エライ人ね。
 できっと、大阪のアレも含めて、実際に法案とか条例案を作成する人だって、かなり優秀な人なはずなんだけどさ。俺さ、思うんだよ。

 短絡的すぎるんじゃねえの? コンセプトが。

 俺もここ2年間ぐらいPTAとかで学校に少し関わって、現在の「親」を何人か見てきて思ったことはある。ま、それ以前に俺も親なんでそのへんは棚の上に上げますが、それにしても、「親に憲法教えるところから始めないといけないんじゃないの?」的なことは何度か思ったあるよ?
 あ。俺は発達障害とかそういうのわからないです。子供、教育、学校、そういうことについては興味関心あります。そんで、特にPTAなんかで集まる親の中には、教育熱心になるあまり視野が狭くなってしまう人とか、学校や教員に期待するものが大きくなりすぎたりしている親がけっこーいる。で、俺はそういうのを見て、「いやまてお前ら。学校ってのはそこまでやるもんじゃねえ。」とか「学校の先生だって忙しいんだからいちいち一人一人の親の要望に応えるなんてできないんだから、つまんねーことで学校に電話するな。」とか「子供に期待する以前にお前がまず親に感謝しろ。」とか思ってしまったりするわけですよ。

 そんで俺はけっこー真剣に、PTAの学年行事とか、文化部のナントカ講座とかで、「親と子の社会科授業」とかを開催したほうがいいんじゃないのかって考えてた。学校の先生にお願いして、学校の教室で「憲法」とか「三権分立」とか「義務教育」とかそういうことの授業をしてもらうとかね? 子供に理解できる内容でやれば、親にだってわかるだろうと。

 考えはしたけど誰にも言わなかったっすよ。いくらなんでも「親を教育すれば子供がよくなる」なんてさすがにさすがに。そりゃ、理屈としてはそうかもしれない、でも、各家庭でそれこそケースバイケースで育ってきて、しかも児童の親ともなれば親経験が何年もあるわけで、その人たちをつかまえて体系的に何かを施せるなんて、そんな絵に描いた餅、「ありえない」と思いましたよ。

 でも、この「親学」推進者さんたちはそれをやろうとしちゃってるわけですね?これ、すごい。 「俺だって思いついちゃうようなことを実際やろうとしちゃってる」ってところが怖い。
 これこそ利権つーんじゃねーのか? とかね。

 で、親学のホームページがこちら

  一般財団法人 親学推進協会ホームページ

 すごいっすよ。トップのお題目が

「親が変われば、子どもも変わる」

親になることで、人生はより豊かになります。
親と子がともにいきいきと育ち、心から喜びや幸せが味わえるように、多くの仲間たちと一緒に「親学(おやがく)」を学んでみませんか。
「親学(おやがく)」とは、すでに親である方に限らず、これから親になる方に対しても、親とは何か、親に求められることは何かなど、親として学ぶべき大切なことを伝えるものです。

 ええとですねー。なんかねー、これ、ズルいですよ。
 「親」というジャンルに責任をもたせるっていうの、ズルいですよ。親って特別なもんじゃないですよ。親って立派でなければいけないなんてことないですよ。親ってなんですか。親の定義ってなんですか。
 これがねー、書いてないんすよね。ホームページに。「詳しくは講座で!」みたいなことなのかね。「親学アドバイザー養成推進協会」になってるっすよ。

 これ、まあ、わかるんですよ。言いたくなる気持ちは。でもね、俺はそれはズルいと思う。これ、最初に紹介したブログにかかれてるように、「親守詩大会」とかいうのやってるらしいです。これがすごい

「親守詩」ってのは子守歌の逆で「子どもが親を思って作る詩(川柳)」だそうです。

これを大人の側から要求して作らせて発表させる大会が「親守詩大会」なんですね。

いやいやいや、このコンセプトすごいよね?

で、実際に子どもたちが作った「親守歌」がこれ。

 こ、これ以上は俺のブログに書けないです。面白すぎて。いや笑ってる場合じゃない。これひとつとってもずるいでしょ?
 「親が変われば子供が変わる」と大々的に謳っておきながら、結局のところ「子供にスバラシイ詩を詠ませることで自分がいい親になったつもりになる」だけですよ。子供は「いいこと言え」って言えば言いますよ。だって言わないと怒られるし、「ダメな子」認定されるだけじゃないですか。そすると親の目は厳しくなって教師からは親がうるさく言ってくるめんどくせー子供だと思われ、遊べなくなるじゃないっすか。だから、そのへんの空気はすげー絶妙に読みますよ。正直小学校2年生くらいの子からは、早ければそのへんのアンテナビンビンですよ。

 「この、金賞を受賞した詩はお宅の息子さんの句ですか。いやーすばらしい句です。親御さんの愛情を身体中に受けて育ってこられたのが文字の中に溢れていますね。すばらしい子育てをされましたね。本当の金賞はお父さん、あなたですね。」

 みたいな会話がなされるの? 親学アドバイザーたちで?
 まったくすごいな。俺も確かに「親に教えなきゃならないことは多い」とは思ったけど、いくらなんでも「子供に模範解答をさせることが親の努め」だなんて思ったことはない。むしろ、同じ授業を受けることで「子供からいろいろ教えてもらった方がいいんじゃねーの?」と思ったことはあるけどね。

 まーこれはトンデモだわ。コンセプトはわからなくもない。「昔はよかった」でしょ? それはわかるよ。でもそれを「未来はよくなる」と思って今の社会を作ってきたわけじゃん。義務教育なんてその最たるもんじゃん。核家族化だって、豊かなる社会の象徴みたいなものじゃん。今の親を子育てしてきた年代には再教育必要ないのかよってのも思うしさ。
 なにより、これ、子供がかわいそうなんだよね。さっきも言ったけど、親が窮屈になるだけだぞ? 理想の親がどんなものなのかはそれぞれだろうけど、それがわからない親が多いんじゃなくて「したくてもできない」親が多いんじゃないの? そこにもってきて「親とはこうあるべき」みたいなハードル上げられたら、ますます、豊かでない家庭の親は豊かでなくなっていく一方なんじゃないかと。

 まーおよそ言い尽くされたであろう表面的薄っぺらい素朴な疑問を並べた後で、もうひとつ付け足し。
 宗教的な意味で。

 子供になにかを教えるって、善悪が基本だと思うんだけど、善悪の基本は、宗教です。今の日本だと憲法や法律に照らして善悪が線引きされますけど、本来その憲法や法律ってのは宗教的観念をベースに作成されるものです。道徳や倫理ってのも、ベースは宗教にあるべきです。逆を言えば宗教とはそうあるべきなんです。
 が、今の日本てのは宗教に力が全くないので、このへんの話がまとまらないし、対立軸もグダグダになるんですよね。確たる根拠を持ち合わせないから争いも起きにくいという。
 
 宗教とはなにかみたいなことは書きません。めんどくさいから。でも俺はやっぱりベースに宗教を持っているのでそのへんで考えるんですが、誤解を恐れずに言うと、俺の考える人間の生きる目的って

 「子供を産み育てること」

 なんですよ。すべての人間はこの世に産まれてきたときからそれを目的として生き、死んでいくべきなんです。
 自分、パートナー、子供、親、それぞれが豊かに幸せに過ごすことが第一の目的なんです。そう思ってます。
 
 色々な人がいるのは承知してます。色々な考え方もあるのももちろん承知してます。ですが、そのうえで、それでもなお、俺の考える生きる目的ってのは「子供を産み育てること」です。
 一点だけ先にフォローしておくと、「子供を産み育てられないと幸せになれない」とは絶対に言いません。「子供を産み育てられなくても幸せにはなれる」のは当然です。それは大前提です。それだけは言っておきます。

 そういう、宗教的な観念から見ても、「親学」が第一に掲げている

 「親になることで、人生はより豊かになります。
 親と子がともにいきいきと育ち、心から喜びや幸せが味わえるように、

 という文言は一見「営業妨害だ!」と叫びたくもなります。が、その後の文言に、俺の考えとは決定的に異なるものなんだろうな、と俺は判断します。

親として学ぶべき大切なことを伝えるものです。

 とても違和感があるんです。「人として」ならまだわかる。でも、それは書けない。だから「親」という一部に限定しているんですよ、みたいに聞こえるんですよ。
 親として学ぶべきことを学ぶというのは、昔ながらの自由奔放な子供を育てるということではなく、一層「子供はこうあるべき」という押しつけが強まるだけだと思います。結果として子供の自由な発送を無条件に押しつぶしてしまう。
 これはすげー怖いと思います。

 宗教的に言うと、俺の考え方は、全て現在を肯定することから始まります。否定することにあまり意味がありません。否定したくなることも多々あるでしょうし、実際今の自分の環境を否定したりする人の話を聞くほうが99%です。俺はそういう考え方をしています。それは、俺の信仰がそうであるからです。

 そういう考え方をしているので、親を子供を「今じゃないより良く」みたいな前提ってのは受入れにくいのかもしれません。

 しかし俺は、子育てに悩む若いお父さんやお母さんに「親というのはこうあらねばならないのですよ。」と頭ごなしに言えません。「それでいいんだよ。」と言ってあげることが精一杯です。今の現状に喜べなければ、望むような環境への変化も望めないと考えるからです。

 そう言う意味で、俺はこの「親学」に対してすごい違和感がありますし、嫌悪感を抱きます。
 なにせ親学カテゴリを新設してしまったくらいですから。