読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

PTAは任意団体です(キリッ)

 今朝の朝日新聞にPTAの特集が出てました。任意団体ってことでね。「これからどうするか」ってような話題でした。

 PTAが任意団体ってのは間違いないです。現状は「子供が小学校に入学したらいつの間にか自分がPTA会員になっていた。」とか「小学校や中学校に通う子供はいるが自分はPTA会員だとは思っていない。」とかその辺の認識でしかなくて、なんか毎年クラスから何人か委員とか役員とかにならなきゃいけないっていう。だから、自分がPTAの会員であるとかないとか、そういうことを考えたことすらない保護者も多い。

 よく学年委員さんとか広報部員さんとかになったお母さんたちが「うちは今PTAやってるから」とか言うのは、半分正しくて半分間違ってるかなと。感覚的にはね。つまりはみんな「PTAやってる」んですよ。実は保護者は一律会員にはなってる。やりたい人がやってるんじゃないの? とか、順番にPTAをやらなきゃいけないとか、そういうんじゃないんです。「みんなやるもん」なんですよね。慣例的に。
 ただ、「ほんとは違うんです。やりたい人がやればいいだけなんですよ。」っていうことです。

 これは、PTAの会室とか資料の置いてあるとこに行くと昭和40年代くらいの本があったりして、その頃は日本全体もそうで、PTAが一番盛り上がってた頃だと思うんですけど、その頃の本をちょっと紐解くと書いてあります。その理念とか「強制加入にしていい性質のものでは決してない。」とか。

 でも、現状ではそうではなく「気がついたらいつの間にか会員になってた」で、「順番に役員とか委員をやらなきゃいけない」ってなっています。え? うちは会員になった覚えはないから関係ない? ええ。ごもっともなんですが、会費取られてませんか? 給食費と一緒にとか。児童一人あたり年間数百円程度なのであまり気にはならないかもしれません。
 初めてのお子さんが小学校に入学したときとかだと「わけもわからず」なんですが、二人目三人目のお子さんたちの場合は、保護者も「PTA入らないといけないんかなー? できれば入りたくないなー」なんて思う人はいるんですよね。でも、言えない。言うととても「めんどーなこと」になるのを知っているからなんです。どうめんどーなことになるかは学校によっていろいろでしょうが、ようは「人間関係においてめんどうなことになる。」のであって、特に学校という地域に根付いた行政組織に深く関することですから、親同士、または地域住民、そしてそれは子供にまで飛び火して、とてもとてもめんどーなことにしかならないわけです。

 子供が学校に通っていない大人にとってはPTAの問題って本当に興味も関心もないのでいまいち盛り上がらないんですよね。特に男親についてはそれが顕著。正直、会社勤めでもしてれば、大きな行事に参加することはあっても、学校の日常の活動にまで関心を寄せるのはとても大変なことであって、ほぼ不可能と言ってもいいでしょう。
 しかし、PTAで会長を勤めるのは男性が多かったりする。もちろん女性の会長もいます。でも、男性もいる。なのでそういう普段からあまり関心のなかった男性が会長になったりすると、任期が終わる一年後とか二年後になって「会長になって会則を読んで初めて、PTAが児童の保護者と教員で作る会だということを知りました。」なんて挨拶しちゃったりすることもある。そしてそれが不思議でもなんでもない。

 問題は大きく分けてそこなんだと思うんですよ。ひとつは「めんどーなこと。」もうひとつは「知らなくてもだいじょーぶなこと。」

 とにかく、差し障りなく年間の活動を前年どおりに変化なく行っていければ、その期のPTAはお役御免になるんです。
 何もわからない人たちが「名前だけでいいんで」と言われ頼まれ、「じゃあ、できる範囲で・・・」としぶしぶ引き受け、月に一度や二度集まってなんとなく話を聞いて、次の活動の準備して活動して、っていう繰り返し。話し合いの内容も、前年度の資料を持ってきて「去年はこーしてたあーしてた。」ってだけで、同じようにやることこそ大事っていう。

 つまり、それって「なくてもいい」ってことなんですよ。

 それをやるにあたってなんのためにやるのか、去年はやったというなら去年は何のために、それをどのようにやって、どうだったのかという検証を少しだけでもして、その上で「それは今年も必要なのか」ということから話を始めないといけない。そういうことをしないで30年とか40年とか続いてくると、こういう思考停止した、存続するためだけの組織ができあがるわけです。
 「やらなくていいこと」をなぜかやり方もわからずに一生懸命やってますってのが今のPTA活動の現状です。それがどこかで摩り替わって「とにかくやることが子供のためになることだから」となって、「PTA活動をがんばることは子供のために頑張っている親」という話になっちゃってる。だから「やめられない」んですよね。

 さらに話を難しくしているのが「地域の目」です。

 PTAというのは「教員と保護者で子供たちにより豊かな教育環境を整える」みたいな活動理念であると思って大体合ってると思うんですが、そこには実は「地域と協力して」みたいな文言が入っていることが多い。
 学校という義務教育を施す場であって閉鎖的な空間であるからこそ、外部の監視の目というのは絶対に必要で、子供を育てる場所でもあるから、地域の大人の目で監視をするというのはものすごく大切な要素だと思います。学校に割り振られた予算が適正に使われているか、教師がその権限を過剰に行使していないか、差別はないかいじめはないか、教育の思想に偏りはないか。そういうことをオープンにできる環境は整えておかなければならないと思います。それが本来のPTAの出発点であり、目標点でもあるでしょう。
 だから、地域の大人たちも学校、PTAというのは係わり合いの深いものではあるんです。本来。
 そう、それはあくまで本来の目的どおりにPTAが機能している場合の話であって、そうでない現状においてはその地域の目は「お荷物」になります。

 上で言いましたけど、ほとんどの学校において、まあ俺はまだ小学校しか知らないのでアレですが、小学校においてPTA活動のほとんどは「やらなくていい」ようなもんで、「やめりゃいい」と思うんですが、じゃーやめようよってなったときに「ちょっと待て」となるんです。それはなぜかというと「地域の方々が納得しない」からなんですね。
 なんでって、結論から言えばPTAってのは実質もはや、地方行政の下部組織になっているからですよ。もっと言えば、市議会議員立候補への足がかりといいますかね、そういう場所なんです。
 
 地域の偉いさんたちが影響力を強くしていったりするための人集めの場になったりしてますよ。だから、やめられないんですよね。

 学校単体でのPTAの問題だけ考えたらけっこー解決は簡単で、加入を自由化するとか、そうすっと会費はどうすんだとか、非加入の児童や保護者はPTA活動には参加できないのかさせるべきではないのかとか、学校での配布物はどうするんだとか、そういうようなことがネックになって議論が進まないと朝日新聞にも書いてあってそれはまーすげーわかるんですけど、でも、それも含めて俺は簡単だと思うというか。
 「やめりゃいいん」んですよ。PTAを。解散すればいいんです。なくせばいいんですよ。
 加入は義務化ではないから自由にすべきだとか、加入を自由にしたら活動に支障がでるとかなんとか言う前に、PTAを解散すればいいんです。それでほとんどの問題は解決する。
 
 じゃあ、今までPTAでやってきたことはその後どうするんだ! という突込みがものすごい勢いできそうですが、冷静に考えて、PTAとして行ってきたものでなくなって困るものってなんですか?
 俺には思い当たらない。
 困るのは、長年役員をやってきた人の一部とか、PTA活動を頑張ることがステータスだったようなお母さんとか、あとは地域のお偉いさんとかだけじゃいでしょうか?

 間違えていけないのは、保護者が学校行事の手伝いをすることと、PTA活動はイコールではないんですよ。たとえば、運動会前になると校庭の整備や前日のテント設営などはたくさんのお手伝いが必要ですよね。でもこれは、PTAではなくてもいいじゃないですか? 学校が保護者にお手伝いの依頼をプリント一枚配布すれば、例年通りに保護者は手伝いに行くんじゃないですか?
 スポーツ大会は本当に必要ですか? やれば楽しくて親睦が図れるものかもしれませんが、少なくとも「なくて困る」ことはないですよ。楽しみにしている人にとっては楽しみが減りますが。
 広報は本当に必要ですか? 母親学級はそんなにたくさんの人、特に新しい人が集まって盛況ですか? 学校行事の来賓へのお茶だしなんて、PTA役員の仕事じゃないと思いませんか?
 PTAがなくなると先生方の仕事が増えて大変だと思いますか? これは俺にはわかりませんが、俺の個人的な意見としては、PTA役員がいなくなれば先生方も仕事に専念できて楽になると思いますけどね。

 うちの子供の通う小学校には、PTAと別にスクール活動ボランティアというのがあって、本の読み聞かせや登下校時のパトロール、校外学習の時などの引率などを、呼びかけあって手探りで継続してくれています。その活動報告を拝見して、そっちのほうがよっぽど子供たちのために役に立つ活動を年間を通して行ってくれていると思いました。しかし決してそのボランティアの代表の方は学校行事で来賓として挨拶したりしません。できません。
 今の保護者の感覚で言うと、そういう活動こそPTAが率先して提案して行うべきなんですが、昔に作られた会則との縛りがあったりして、したくてもできない状況でもあるんです。
 まったくおかしな話です。本来の目的は完全に見失われ、形だけ大きくなり、やめることもできないのに、形骸化して思考停止しているからやりたい活動もままならない。正直、百害あって一利なしと言いたいくらいのものになってます。
 参加してる一人一人のお母さんたちはみな、子供のため学校のためと忙しい仕事や家事の合間を縫って本当に一生懸命であるのに、慣習や慣例に振り回されていてかわいそうです。

 だから「やめりゃいい」んです。そんで、やめてみてどーしてもこれは必要だと思われることがあったら、それを形を変えてできるようにすればいいんですよ。
 PTAをなくしたらまた新しいものを作らなきゃいけない、それは大変だと多くの方が思われると思いますし、俺もそう思いますが、それでもなお、それよりも、今のままのPTAを続けていくことのほうが労力が必要だし弊害が大きいと思います。

 大体、俺たちが子供の頃から比べただけでも今の子供たちは三分の一も児童数いないのに、PTA役員の数が減るどころか増えてるって言うその事実だけ切り取ってみても、いかに思考停止して形骸化した組織なのかって言うことがありありとわかると思うんですけどね。

 あ。いちおー言っておきますが、俺これでも小学校のPTA本部を二年勤めました。この一年間はいちおー副会長だったんですよ。はい