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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

俺は匿名ネットユーザーです。

 ネットをよく利用するようになってから数年というところなんですが、俺はいまだに実名でネットを利用することは嫌です。この「doksensei」というIDは、なんとなく自分のペンネームみたいになっているので使っているだけで、別に俺は先生でもなんでもないですし。自称「先生」だったことはありますけど。
 たとえばこのブログや、その前に利用していたブログも、現実の世界の知り合いが見ていることは少ないです。古い友人とか、遠くにいる友人とか、その中でも、割とネットを利用するような人、くらいしか見ていないと思います。
 現実世界での身近な知り合い、たとえば会社の人や、子供の学校関係とかスポーツ関係とか、そういう人たちに「俺ブログ書いてるんです見てください。」とか恥かしくてとても言えない。「ブログ書いてる」ことが恥かしいんじゃなくて、「こんなブログ」であることが恥かしいんです。だから、現実ではあまり触れ合わない遠方の友人などには「ブログあるよ。」って教えても俺には悪い影響は少ないと判断しますし、近場の知り合いだけど現実の生活ではあまり触れ合わない程度の相手であれば、読まれてもいいかなと思う、というか、他人のブログなんて、相当趣味が合うとかでない限り、ほっとんどの人は読まないと思っています。

 ツイッターも同じ。現実社会で影響のある相手をフォローしたり、ましてやフォローされたりしたくないです。ネットは、だらだらと思ったことをただ書き込んでいく場所としてとっておきたいので、「あなたこんなこと言ってたでしょ。」とかって言われてしまうような可能性は極力小さくしたいんです。

 あと、実名で発言を重ねたりすることの恐怖は、いわゆるネットの「祭り」に巻き込まれた場合を想像して、ガクガクと感じています。それを自意識過剰と捉えられてもかまいません。が、俺はどこで裸になっても清廉潔白な人間ですと胸を張れるほどいい人間ではありませんし、過去ネット上での発言などを思い返しても、実名では発言できないようなことも重ねてきましたので、今更これはすべて「俺の発言です。」と責任とれと言われてもちょっと困るからです。

 そういうスタンスでネット利用を続けてきたものの、ちょっとここ数日は脇が甘くて、この数日のツイート、ブログを合わせ読めば、容易に個人の特定に至るような内容を重ねてしまいました。
 実は今日俺のTL上では、某弁護士さんと某群馬の先生とのよくわからない喧嘩が繰り広げられていまして、にわかにネット実名匿名議論が沸き起こる騒ぎに至っていました。まあ、ネット実名匿名議論はさておいて、俺は、ネットにおける発言、特にツイッターにおいては、その情報伝達のスピードがそのまま恐怖になると考えています。
 現実社会で何かを発言した際、それは、せいぜい数人から数十人が聞いているだけです。そこで失言をしたとしても「あの時はすみませんでした。」と謝罪をすればいいし、理解を得られないとしても、せいぜい数十人までです。普通の人の場合。
 しかしツイッターの場合、読み手は常に数十から数百、場合によっては千を超えるし、それが記録に残っています。しかも140字以内という条件では、誤解やすれ違いも生まれやすいという条件まで整います。ぶっちゃけ「証拠が残る」わけです。そこで何かを発言する、しかもその発言は大体において深く考えて練られてものではなく、これから考えを深くしていきますという宣言のような内容だったりすることも多いわけです。
 「軽い気持ち」で言ったことが、「重く受け止められる」ことは珍しくありません。現実社会の発言は、その場に居合わせる人たちの状況を踏まえて、空気をそこそこ読んで発言するものですが、ツイッターは、「独り言言いますけど、聞きたければどうぞ。」というもので、聞かせたい相手を選ぶことはできません。
 
 そういう風に考えていくと、俺にとってはネットってすげえ怖いものであって、とてもじゃないですが実名で発言を重ねる気にはならないのです。

 あと思うのは「ネットは危険だ。ネット利用は実名にしよう。」と決めたところで、ネットが安全になるわけではありません。今より少し危険が減るかな、どうかな、という程度だと思っています。