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道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

ネットリテラシーについて考えてみた

ネット

  ネット大衆化とデマ増加の中でネタサイトは生き残れるのか(novtan別館)


 を読んでた。で、リテラシーの話になったんだけど、そういえばリテラシーって言葉の意味をわかってなかったので調べた。しかもこの記事を読ませてもらっていながらwikipediaがソース

「言語により読み書きできる能力」を指す言葉で、元来「識字」と日本語訳されてきた言葉である。
(略)
また、原義にはないものの「ある分野の事象を理解・整理し、活用する能力」一般をリテラシーと称する場合もある。(例:「会計リテラシー」など)

 まあ、ネットに絡めてリテラシーという場合には、「インターネットを活用する能力」といえるわけで、インターネットを活用する能力ってのは「ネット上の情報を理解、整理できるかどうか」によって大きく差が生じるんじゃないかと。
 でまあ、リテラシーの意味はともかくなんだけど、元記事にあるここ

こういう話が出ると必ずネット免許制って話が出てたものだけど、最近それもちょっと苦しい。もはやネットは自動車道路ではなく歩道レベルのインフラ。せいぜい信号が識別出来れば危険でない程度には整備されていなければならないのだろう。

 そうなんだよね。俺もこの手のことはずっと考えてて、俺がよく言ってたのは「白物家電になっちゃった」みたいなこと。
 特にケータイを売ってた時に、キャリアの人間とかメーカーの人間とかは、新機種が発表になるたびにやれ機能がどうのデザインがどうのと売り込みにくるんだけど、特にここ数年、ネット定額制が定着し、着うたフルやフルブラウザワンセグあたりがほぼ標準装備になったあたりから、そういう売込みには反発してた。
 「もう機能やデザインでケータイが売れる時代じゃない。ケータイなんて冷蔵庫や洗濯機や電子レンジみたいなものになりつつある。だから、必要最低限の機能があって、邪魔にならなくて、安く買えて壊れないものってのが一番売れる。」ってずっと言ってた。
 電子レンジって、いろんな機能がついてて、オーブンにもなるし、今やレンジで料理が作れるレシピだの食器なんかも売られてる。でも我が家の電子レンジは温める機能しか使ってない。冷蔵庫も冷やしてくれればいい。テレビもテレビを観るぐらいしか使わない。
 一部のマニア的な人にとっては新機能やこだわり機能は重宝されるが、その他のユーザー、しかも「圧倒的大多数の」人たちにとっては、そんなものはどうでもいいと思われている。
 今って車もそうでしょ。昔は車を持つことがステータスだったらしいし、カッコいい車に乗ってれば女にモテた。だからスポーツカーとかでかいセダンとかが売れてた。でも今は車は生活のための機会になっちゃったから、軽自動車とかミニバンしか売れなくなった。車は「走る道具。生活を楽しむ道具。」から、物を運ぶ道具になった。だからスポーツカーが売れないんでしょ。

 で、パソコンはもちろん、インターネットもそういう時期にとっくに入っているわけ。ということ。それを使って楽しんだりするものじゃなくて、生活に必要なものになってしまった。つまり、それをみんなが使えるものでなくてはならなくなった。誰かが、そうしたがっていて、ネットを実名にしてみたり、簡単に使えてコミュニケーションが図れて楽しいツールを普及させてみたりしてる。ツイッターとかmixiとかfacebookなんかが流行して、猫も杓子もインターネットを使うようになってくれれば、都合がいい人たちがいるわけだ。
 ここで「電通が・・・」とか言ってしまうと一気にネラーっぽくなってしまうので言わない。つか、電通の陰謀とか言ってる人ってなんなんだろうな、とも思うけど。そういうのはリテラシーが高い人たちではないので気をつけよう。
 話それた。だから、この便利な物をみんなが使えるようになってくれればいいなーって思うわけ。誰かが。そんで、そのためにはまず普及させること。で、いわゆる「古きよきネットユーザー」を少数派にしてしまって、なんとなくネット上では個人を識別できるようなものなので発言には責任を持ちましょう。他人を誹謗中傷するようなことを書くと罰せられます。みたいなルールを作りたがってる。
 確かにネットは便利だと思う。生活に直結させられればものすごく便利。とくに行政サービスとかを利用できるようになる能力は十分にあるのに、セキュリティの壁が邪魔をしてどうしても実用化にまでは結びつかない。あとは銀行サービスとかもすげえ便利になるのに、と思う。以前に小学校の授業にipad使えばいいんじゃね?ってエントリ書いたけど、そういうことにもできる。紙とペンに変わる大発明でもあるよな。とも思うし。

 ツイッターとかmixiとか見てると危なっかしくて冷や冷やするような人がいっぱいいてなんだかなーと思うんだけど、今やそれはほとんど「常識」的な書き込みになりつつある。でも古きよきネットユーザーたちは相対的に少数派になったものの、絶対数が減少したわけではないので、攻撃力は半端ない。ちょっと面白いおもちゃを見つけると、あっという間に現実社会でも影響を与えるほどに追い込む事だって今でもままある。
 2ちゃんねらーとかがある対象をおもちゃにして祭り上げることがネットリテラシーが高いとは思わないが、しかしああいう祭に参加している人たちの方が、ネットを使いこなす能力がはるかに高いことは間違いと思う。

 で、NOV1975さんは

結局のところ、インターネットが広まったからと言って人々が特別賢くなることはなかった。むしろ情報の選別力によって知的格差が広まったとも言えなくない。フラットになったのは情報入手機会だけであって。

 って仰ってて、なるほどそうだなーって思う。
 そうすっとまたいつもの話になっちゃうんだけど、仕組みと運用の問題であって、インターネットそのものはすげー便利なものなんだけど、それをどう使っていくかの問題なわけで、インターネットそのものが悪いわけじゃない。
 デマサイトにしたって、あれが「悪」だと思う人は善良なインターネットがいつか完成すると信じている人なんだろうな、とは思う。悪い人はインターネットを使えないようにしてしまえばいい、という。いい人だけがインターネットを使えるようにすればいいインターネットが出来上がると思っちゃう。
 「ネットなんてそんなもんですよ」という声に耳を傾けようとはしないんだろなーって思うのよ。

 このへんて今流行りの脱原発の話に似ていて、原発そのものが悪いという話にしたがっちゃうと、議論がかみ合わないことに気付かない。危険だけど便利な物だから、その危険なものをどう使っていくかを考えると言う選択肢がすっぽり抜けちゃう。それでいて、原発がなくなっても原発がある時と同じだけの電力は供給しろという。王様かお前は? と問いたくなるのはそういうことだと思うんだよね。

 あー話それまくったなー。まとまってないなー。まあいっか。

 あとテレビとかメディアとかについてはまたちょっと違う考え方があるんだけど、長くなるのでまた今度いつか書く(と言いながら書いてないネタがすでに山ほどある・・・)