道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

日本のメディアは、自分達が嫌われていることに気が付いていないか。気が付いているのなら、その理由がわからないままなのか。

 ニュージーランドの大地震報道で、日本のメディア関係者(と言う言い方が正しいのかはわからない。どれほどのカテゴリに分けられるのか現場を知らないから)の無神経ぶりが「インターネットを中心に」騒がれている。
 ネット上では言わずもがな、「マスコミ」は嫌われている。特にテレビは嫌われっぷりがひどい。新聞も2ちゃんや医療従事者などからは(特定の新聞とか特に)嫌われているけれど、テレビに関しては2ちゃんに限らず広く嫌われている。
 理由は漠然とだけれど、「制作」と「演出」と「編集」と「捏造」あたりの言葉の使われ方が、汚いからだと思う。まあ、その根底には視聴率至上主義ってのがある。もはや視聴率そのものの信憑性というか基準軸としての存在価値が担保されていない状況で、「ありもしない何かを築き上げ信仰し、その見えない何かに向かって価値観を創造し続ける作業」の繰り返しにも見えてもはやそのすべてを「ネタ」としてみることになんら違和感が無い、とまで言ってしまおう。
 タレントさんや俳優さん、いわゆる「芸能人」てのは、言い方は悪いが肉体労働者であると考えるとわかりやすいんだけど、テレビ番組を作るには、プロデューサーとかディレクターとかがいて、放送作家がいて、スタッフがいて、そんでそこで台本どおりに出演者が物事を運んで、そうしてようやく映像が出来上がるわけで、言ってみれば映されている人間なんてほんの一部でしかない。
 そこにいるタレントがAであれBであれ、出来上がった映像には大差ない。別に放送された番組を視聴者がタレントAバージョンとBバージョンを見比べるわけではないのだ。

 ああ。話がそれた。いずれ俺がテレビを見ないことについてはどこかで書きます。

 さて、ニュージーランド地震報道について、ネット上で「日本のメディア」が批判の的になってます。なんでかって、所業が酷いからでしょ。今日ちょっとみただけでも、「天漢日乗」より

 ニュージーランド大地震でメディアスクラム 日本のマスコミがやっていること@現地からのtweet

 というエントリ。ニュージーランド地震「報道」についてだけで、連日のエントリです。

大体、
 崩落した災害現場にも近づけない被害者の家族のバスを取り囲む
って、
 どういう報道的価値がある
んだよ、マスコミよ。

 また、「新小児科医のつぶやき」からは

 ニュージーランド地震報道

そういう状況で被災地の情報発信に大きな役割を果たす事が期待されているのは報道機関です。報道機関に被災者が期待しているのは、現地の被害の実相を正確に伝え、今必要とするもの、またこれから必要になるものを情報発信してくれることです。正直なところ、震災にまつわる悲劇や人間ドラマをメインとして報道して欲しいと思っていません。

 それぐらいの事は既に常識、マナーとして確立していると勝手に信じていました。神戸でも経験したでしょうし、それ以後も断続的に大きな地震被害は国内でも起こっています。海外だって取材経験を重ねているはずです。だから当然と思っていましたが、どうもそうではないようです。とにかく悲劇の人間ドラマの「絵」をハイエナのように漁っている様に見えてしかたありません。

 ごく素朴に感じているのは、震災は決してショーでも見世物でもありません。多数の生身の人間が直面している出来事なんです。日常生活ではそうそう負う事のない悲惨な体験を、広範囲の多数の人間が同時に苦しんでいる現実そのものなんです。それを報道として伝える時の基本は人間の尊厳だと私は思っています。そこさえ十分に踏まえていれば、もっと違う報道が出来るのではないでしょうか。

 もはや批判するのも文句言うのも疲れ果てたと言わんばかりですが、それでもなお言わずにおれないというような雰囲気をひしひしと感じます。


 … なんだか最近他所様のブログを引用してばかりであまり自分の文章書いてないような気がするんですけど、これだけ連日色々なことがあると、ちょっとついていけないです。情報をフォローしていくだけで手一杯。

 それでも俺は今日これを、コピペしてきただけでもこれをここに書いておこうと思ったんだよね。
 今回の地震を受けての報道姿勢は、目に余るものがあるんじゃないかと。もっと言えば、それが今回だけ突出した異様さではなく、何十年も前から批判されてきた報道姿勢、取材体制の延長線上にあることが問題なんじゃないかと。
 言論の自由表現の自由を振りかざし(大体が間違った使われ方だけど)、「自浄作用」という殻にとじこもって批判を寄せ付けないその姿勢が、「いい加減にしろよ」と、反政府デモよろしく国民から総突っ込みを喰らっていることに気付いてほしいという思いがある。

 公共の電波を使って発信している自分達の、長年の経験により研ぎ澄まされた報道は、たかだかネット上の匿名掲示板で数万人に中傷されようが揺るぐものではないと思っているでしょう。
 しかし今回はちとこれまでと気配が違うのではないかな。自分達が公共の電波を使って、つい先日、ネットの力が現実の権力を倒したと散々報道したばかりだ。
 今回は匿名掲示板ばかりじゃなくて、有名ブログが数々声を上げてるよ。匿名掲示板数万でダメなら、有名ブログ100は? 1000は? 無名ブログまで数えたらいくつの批判があふれている? そして、一連の報道姿勢を支持する声が、業界内以外のどこにある? 

 一人でも多くの人の目に、メディアが批判されるべき反省点を数多く抱えていることが触れるように、アリさんなみの微力ながらここにも置いておきますよ。
 なんか支離滅裂。