道ログ2

群馬県在住のおじさんがブログを書く

街で握手を求められるようなこと(昔話)

 大学生の頃の話。俺は大阪の小さな劇団にいた。年に2度ほど公演を行う劇団だった。公演といっても100人程度収容の小さな箱で、4回公演くらいをうつくらいのほんとに小さな規模のものだった。でもおれはその劇団とか劇場とか稽古場とかの空気が好きで、劇団員やその周りの方々がほんとに好きで、おそらく俺の人生の中でもっとも自分と周りがマッチしていた時間だったと思う。

 その頃の話。

 大阪って言うのは都会で、俺は群馬生まれ群馬育ち。大学は奈良で、寮も奈良。稽古場まで近鉄電車で一時間かけて通ってた。田舎から都会に通う毎日だった。

 ある日、劇団の女優二人と俺の三人で、大阪梅田の街を歩いていた。何かを観に行った帰りだか、単にご飯を食べに行っただけなのかは忘れたけど、その3人は大阪梅田の阪神デパートの前の巨大な交差点で信号待ちをした。おれはボーっとしてたと思う。
 すると、少しはなれたところから一人の女性が近づいてきた。信号待ちをするのかと思っていたんだけど、どうやら違うようだった。視界の端で挙動が安定しない女性を認識しながら、特に気にはしなかった。だが、その女性はまっすぐにコチラにむかって歩いてきた。

 俺は、道を聞かれるのかと思った。だってあんな都会のど真ん中で、俺だっていつも迷子になっていたから、道を聞く人の5人や6人常にいるだろうと思っていたから。だから、一歩下がった。正直、道を知りたい人にとっては田舎者であり、さらには超がつくほどの方向音痴である俺の出る幕はないからだ。同行していた女優たちは大阪に住んでいたり勤めていたりする生粋たちだったので、任せておくのがいいと判断したからだ。
 案の定その女性は俺たち3人組に声をかけた「あの・・・」

 そらきた。どこへ行きたいんだろう。俺に聞かないでね。ほら、あんたたち綺麗なお姉さんだ。ちゃんと親切に教えてあげてね。とか俺は思ってた。だけれども、その女の人は意外な台詞を続けた。

 「プラーーーーク・−−リィ の方、ですよね。。。?」

 とてつもない違和感に包まれた。耳慣れたその単語、大好きで大切なものであるその名詞が、無意識の外から突然引っ張り込まれるように現実に突きつけられたような、なんだかわかんないけど、大都会の大きな交差点で赤信号を待ちながら全然知らない人から突然聞かされたその、自分たちの劇団名は、違和感の塊となって俺の身体を支配した。

 「え? ええ。はい。。。」

 記憶が定かでないが、誰かが素っ頓狂に答えたと思う。お相手のその女性は更に続けた。

 「あの。・・・

 握手とか、いいですか?」

 俺はこの段になってようやく理解した。そんでもって。「すげえええええええええええ!」って思った。「さすが! ○っちー!」と。
 みっ○ーとは劇団の看板女優だ。その時一緒に信号を見つめていた。
 当時の関西演劇界の底辺の中の頂点と言ってもいいくらいの女優さんになりつつあった。
 「街で握手とか! すげえ! 芸能人みたいじゃーん。 いやいや。 芸能人みたいやんかー!」と心の中で叫び、表向きは涼しい顔で一歩後ろに下がったりしてた。

 そんなこと、その場にいた3人ともおそらく初体験で、どうしていいかもわからずにでも表向きやっぱり平静で「え。 あ。 うえ。 あ。 ど う ぞ・・・ ええ。はいどうぞ!」みたいな落ち着きぶりだったかと。
 したら、なんと、その女性はこともあろうに、俺に握手を求めてきた。

 「えええええええええええええええええええええええええええええええ? え? え? え?」
 パニックになった。
 「おれえ?」

 だって、一緒にいた二人はもう、安定した先輩たち。看板女優と色物女優。人気も(一部で)あったし、俺ってまだペーペーだしって舞台も数えるほども踏んでないし。
 吉本新喜劇に例えると未知やすえさんと島田珠代さんと一緒にいた吉田ヒロに握手求めるって言うような、そういう暴挙。

 パニックになったまま、握手させていただきました。
 あれ、俺一人で歩いてても絶対気付かれないだろうなって思った。あの女優二人のオーラが人目をひいたんだろうな。そしたらそこに、たまたま俺がくっついて歩いてたっていう、それだけなんだと思う。だけど、それでも、素直に嬉しかった。なんていうか天狗になるっていうのじゃなくて、魂が震えた。
 なにか、未だにうまく言い表せないんだけど、あれは、全面的に自分を肯定されたような、そんな衝撃だった。それなりに迷いもあったり、自分なりに是非を問いながら芝居の世界にいたりした部分もあって、それでも劇団は楽しいし、芝居はおもろいし、そこに関る人みんな大好きだし、もしかして俺はただたんにぬるま湯につかって安心しているだけなんじゃないか、なんて思ったりすることもあった時期で、でもそういうことがあったわけで、これは、すごいほんとに、感動した。
 その場にひざをついて、地面に額をこすりつけてお礼を言いたいような気分になった。

 まあ、こういうのはあんまり自分から言う話じゃないんだけど、記録的な意味も込めて書いとく。

 実はあまりの突然の出来事だったため、いまだに「俺にやる気を出させるための女優たちまたは座長の仕込みだったんじゃねえか。」的な疑いがぬぐえないのだが、そうではないと信じよう。今のところドッキリであるところのネタバレもないわけだし。

 というわけで、道端で突然握手求められると、

 焦る→慌てない→落ち着いた素振り→俺? →ええ、まあ。→こちらこそ→事後(やべ。超ドキドキ。)

 的になりますよー。っていう話でした。
 かな?