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群馬県在住のおじさんがブログを書く

胆石入院日記8(最終回)

     胆石日記



 すっかり忘れてました。まだ終わってないんでしたね。でももうすげえ日が経っちゃってるので最後だけ簡単にまとめます。

 んで、手術しました。
 手術室に入ると研修生だか学生さんたちがいて、背中に管を入れるところなんかは大勢に囲まれてやりました。とにかく怖かった。
 次に気がついたのは手術が終わって、病棟のナースセンター横の処置室みたいなところ。そこで一晩過ごします。目を覚ますと嫁さんと父がいて、でも鼻に管が入ってるので話せなくて。とりあえず無事であることを伝え、二人は帰りました。

 そこから長い長い夜が始まります。体中に管がついているのでおちおち寝てられないんです。あと、お腹痛い。ちょっとでも姿勢をずらそうとしたその瞬間に管が外れたら、とか、そんなことばかりを考えて、天井を見つめて過ごした夜でした。たまに看護士さんが見に来てくれるわけですが、別になにをしてくれるわけでもなし。
 で次の朝執刀医の先生が見に来てくれて、なんかちょっとおなかに刺さってたの引っこ抜いて、「だいじょぶなら病室戻っていいや。」とか言われておしまい。
 んで、午後にも管が外れていきました。ちんこの管はいきなり看護士さんに引っこ抜かれました。痛いってか、ものすごい違和感があった。思ったより奥不覚まで入ってたみたいで、「抜きま〜す」って言われてから相当ひっぱられてやっと抜けた。あと鼻の管も。でろでろでろでろでろでろでろでろでろーーーーーーーーーーーーん。って感じで出てくる出てくるわー、ってなくらいに長かった。
 背中の管は次の日にならないと外れないってわけで、そのまま。でも、管が一本とあと点滴だけになったので、気分は相当楽になった。で、「自分の足で歩いて」病室まで帰りました。
 前日の午後手術で、翌日にはもう自分で歩くって、すごいなー。お腹は痛かったけど。

 で、翌日の回診で背中の管もはずされ、少しずつ歩けるようになって、数日後に退院したのでした。

 入院も含めた医療費は額面約90万円でした。
 2週間入院、胃カメラ、ercp、外科手術などのイベントを行ってそれだけです。高いか安いかはわかりません。
 で、その一ヶ月の入院治療費の上限額が8万いくらかって制度があったので、それに食費を足して、実際の支払いは9万円ちょっとでした。よかったです。お見舞いいただいたぐらいで間に合いました。
 これが4月〜5月にまたいでの2週間だと、「一ヶ月の上限額」が2カ月に及んでしまうので、8万円が2ヶ月で、16〜17万円くらいの支払いになってたはずですが、4月の一ヶ月間にすべて済んでよかったです。

 で、あと、民間の保険とかに入ってたのでその話だけご参考までに。

 俺が入ってるのはまあ、安い保険で、AFRACの医療保険と、郵便局のなんか保険でした。
 その入院費の請求にはやはり病院からの証明書が必要で、受付に頼んで1〜2週間で発行されるんですが、その手数料が5000円から10000円くらいかかります。病院によって違います。
 で、俺は知らなくて、まず最初にAFRACの手続きして、それに入院治療の証明書をもらいました。俺が入院してた病院では5250円だったかな。んで、そのあと落ち着いてから郵便局の方の手続きしました。こっちにも証明書が必要で、5250円。けっこーな金額。
 でも俺はここでも失敗してて、なんと、よく見ればAFRACの方の書類は、「郵便局の保険がおりたという証明書のコピーでも可」みたいなことが書いてあったんです。
 つまり、おそらくなんですけど、先にかんぽの手続きして、それが終わって支払い明細みたいなのをもらったら、それをコピーしてAFRACに提出してもよかったみたいなんですよね。それなら5250円の証明書一通で足りたのにな・・・

 ちなみにAFRACの方は入院日額5000円プラス手術給付金てやつで、約30万円くらい。
 かんぽの方は内容忘れたけど、15万円くらいの保険金を支払われて、なんとか生活費に充てることができました。

 というわけで、胆石には気をつけてください。おしまい。

胆石入院日記7 〜そろそろちゃんと手術への道のり


     胆石日記


 というわけで、金曜日に退院して、月曜日に改めて外科病棟に入院した。
 何時に行っていいのか明記されておらず、10時過ぎに病院に電話をしたら「すぐ来てください」ということで、11時頃には病院へ。
 外科病棟に案内され、週末の退院していた間に図書館で借りた本を枕元に並べ、早速の昼食を食べた。まだ脾臓食。

 午後になると看護士さんが入院と手術の説明に来てくれた。入院については前回の内科病棟と同じような話で、何枚かの書類にサインをした。
 続いて手術に対しての説明があったのだが、想像以上のことで驚いた
 というのも「いたって簡単な手術」という認識だったので、寝て起きたら終わってると思ったのだが、やはり色々と大変なようだった。

 まず、身体に色々な管を入れるという時点で俺はもうダメ。
 鼻から胃にかけての管。おおいやだ。
 おしっこができないので、尿管に管。 「はあ? ちんちんの先から管ですか?」
 あ。だいじょぶです。入れるときはもう麻酔で寝てますから。「ああ。そうなんですね。あれ。でも、抜く時は・・・?」 ええ。まあ。・・・
 腕には点滴。これはまあ、いいやな。
 そんでもって極めつけは、『背中に管。』せなか。に。くだ。入れるんだって。背中に。背骨のところに。麻酔を注入する管を入れるんだって。
 「え。。。 背中にくだ。。。 ですか。。。」 ええ。術後になるべく早く動いたりできるように、痛み止めを注入するための管を、背中に入れます。

 あ。もうだめ。そんなに管を体中に刺されると思っただけでだめ。
 「さされる」ことがいやなんじゃなくて、そういうものが「入っている」こと、そして「近々それを抜く」ということがだめ。

 つねになんらかのリスクにつながれているし、それは必ず痛みを伴ってはずされなければならないという、その現実を背負うと言うことが苦痛で仕方ない。
 入れるときは確かに麻酔してるからいいさ。でもさ、抜く時は麻酔しないんだよ。

 左腕、鼻、背中、尿管に管をつながれると言う現実を突きつけられ、しかもそれが翌日であると言うゆるぎない事実を眼前にし、俺は途方に暮れた。
 「いやです。」とは言えない。

 その日の夕飯は流動食をいただいて、お風呂に入った俺は、まな板の鯉としての夜を過ごしたのだった。


 >>>胆石入院日記8
 

胆石入院日記6 〜 さきに治療費の話


     胆石日記


 というわけで、胆のうを摘出する手術を受ける決断をした。
 手術は翌週の火曜日ということになり、金曜日に一度内科病棟を退院し、月曜日に改めて外科病棟に入院することになった。
 「週末外泊でもいいですけど。」と言われたものの、外泊扱いだと入院費がかかりそうだったので、一度退院することにした。しかし、結論から言うと退院せずに外泊扱いにしてもらったほうがよかったかのしれない。
 というのは、まず任意の医療保険の補償が、入院日額5000円のものに加入していたため、入院扱いであれば保険料の請求ができたのだった。
 また、入院治療費に関しては、限度額適用認定証の交付を受ければ月額の上限額が80,100円プラスそれを上回った額の1%ということになるのだった。あと食事代。
 つまり俺の場合、4月の最初の一週間入院、一度退院し、翌週再度入院、手術、週末退院となったわけで、合計すると90万円近い医療費がかかっているのだが、それが、一ヶ月の間に収まっているので、以下のようになる。

 まず、80,100の上限額を超えているので80,100円。
 と、それを上回った額が約80万円。それの1%ということで約8,000円。プラス食事代は2割負担になって一食260円かける食べただけ。

 ということになったので、10万円でおつりがきた。
 これはあくまで「一ヶ月の入院治療費」に対する限度額なので、同じだけの入院期間、治療方法などであっても、4月の終わりと5月の最初にかけての入院となると実際の負担額は変わってくる。
 極端な話、一週間の入院治療費が8万だとして、4月に2週間入院した人は上限80,100円程度だが、4月末の一週間と5月最初の一週間というように月をまたいでの入院となると、4月の上限額80,100円と5月の上限額80,100円がかかってくるため、約16万円の出費となる。らしい。

 なお、俺の場合は総額約10万円程度の支払いで収まった。これはお見舞いをいただいた分で快気祝いを贈った分を除いてもほぼ支払えた額になっていた。また、医療保険に加入していたので入院日額5000円の請求と手術の特約がついていたので、手術の保険金が10万円で、合わせて17万円ほどの保険金が下りた。
 さらに郵便局の簡保も加入していたので、そちらは今手続き中なのだが、もしかすると30万円くらいの保険金がおりるかもしれません、ということだった。

 一時的な生活の足しになるだけの金額は保険がおりることになったのだった。非常に助かっている。

 というわけで、次回こそは手術の話をしたいと思っているのだが、いつになることやら。。。


 >>>胆石入院日記7

胆石入院日記5 外科入院そして手術

     胆石日記


 たんのうを切除したほうがいいかもしれません。」という内科医の話を聞いたところで、「じゃあお願いします。」と即答できるほど根性はない。「家族と相談します。」と伝え、とりあえず入院中に外科医の外来診察を受診することにした。
 相談した嫁さんは「できるうちにやっとけ。」というものだった。その裏には「こんな機会でもなきゃどうせきちんと治そうとはしないだろうがよ。」というメッセージが込められていた。と思う。

 入院中に外来を受診するというイベントを迎えた。外来診察室にいたのは、当院の副院長である外科医で、どことなく岸部一徳に似た、もごもごとマイペースでしかも早口で喋る人だった。
 CTの画像とERCPの画像を縦型のパソコンモニターに表示させながら、「造影剤にちゃんと映ってるから癒着している可能性も低いし、けっこう炎症もあるみたいだから、とっちゃったほうがいいでしょうね。」
 おもむろに人体の内臓の絵を取り出して、たんのう、肝臓、十二指腸の説明をした上で、手術の方法を説明した。「腹腔鏡下手術」という、手術でできますよと言った。

 方法は、へその下あたりを5cmほど開腹し、そこからカメラを入れ、体内の画像を見る。胸に5ミリほどの穴を三箇所。そこからカンシを挿入し、たんのうを切除、胆管を縫合。切除したたんのうはお腹の傷から摘出する。というようなものらしかった。「簡単な手術」というイメージだった。

 あまりに簡単に言うので「じゃあ、お願いします。」と答えた。
 週末をはさむので、金曜日に一度退院し、月曜日に再度外科に入院するという段取りにした。火曜日に手術が行われる予定になっていた。

 「退院」ということになって、改めて大きな悩み事が浮上した。まだ、保険の手続きができていないのだ。このままでは自費での支払いになる。月内に保険加入手続きをしたら7割は戻ってくるのだが、それにしても胃カメラ、ERCP、点滴は毎日、採決血液検査も毎日、いくらになるのだろう。と心配していたのだが、病棟事務の方がわざわざ病室まで来てくれて、「一応請求書は出しますが、保険の手続きができてからの支払いで結構ですよ。その時点で再計算しますので声かけてください。」と言ってくれた。助かった。改めて請求書を見ると、自費負担、34万円ほどだった。払えないことはないが、一時的とはいえそれを支払うというのは、辛いことだっただろう。

 そうして、金曜日の夕方に入院した俺は、翌週の金曜日に一時退院した。
 結論から言うと、退院せずに外泊扱いにしてもらったほうがよかったなあ、と

 >>>胆石入院日記6

胆石入院日記4 外科への誘い


     胆石日記


 ERCP検査のための検査室に入ると、中央に配置されたベッドの上からレントゲン撮影をするような機材の配置になっていた。
 看護士さんも数名いたし、レントゲン技師なのか、医師も数人いた。
 俺はベッドに横になるように言われ、仰向けに横になった。
 「これから何が始まるのだろう」という不安。横になるのを促した看護士さんは「うつ伏せになってもらいますから」とも言っていた。腕にはもちろん点滴の針が刺されたままだ。うつぶせって。首を動かすことができない状況ながら、室内をうかがうと担当の先生の姿はまだなかった。
 肩に注射をされる。内視鏡のときと一緒だ。仰向けになっているところへ「咽の麻酔」ということで5分間飲み込まずに咽にためておく薬を口内に放り込まれる。周囲では忙しそうに何人ものスタッフが動き回っている。怖い怖い。
 土曜日にやった胃カメラは、前室に担当の看護士さんが一人、検査室内には医師と看護士さんが一人だけだったのに。「そんなもん」だと思っていたのに。

 ほどなくして先生がやってきて、スタッフと言葉を交わしながら「がんばりましょうね」などと声をかけてくれた。5分経ったのか咽にためていた薬を吐き出すように言われた。直後「じゃあ、うつ伏せに」と指示され、頭上注意を促されながらうつ伏せになる。体勢を細かく変えられながら、頭だけ先生のほうを向かされた。

 「じゃあ、ぼおっとするお薬入れていきますね。」と俺に言いながら先生は看護士さんに「ナントカ4とナントカ2お願いします」と指示を出した。麻酔みたいな薬を投入するということなんだろう。薬自体は点滴の管から入れるわけだから、ここで新たに針を刺すことはない。どうなるんだろう、と思うや否や、目の前に見えていた四角いカートのような金属の台が、ぐにゃりと歪んだ。「あれ。。。」と思ったところで、先生が「ナントカ2入れましょう」と言ったのが聞こえたのが最後、意識を失った。途中、夢を見たように断片的に自分の体内の映像がモニター越しに見えたという記憶があるが、はっきりとしたことはわからない。その記憶の映像には色がついていたと思うが、音はなかった。苦しいとか痛いとかそういう感覚もない。
 次にはっきりした記憶というのは先生が「今目が覚める薬入れましたから、段々意識がはっきりしてきますからね。」と言ったのが聞こえた、ということだった。ストレッチャーに乗せられたのだろう、廊下に出ると嫁さんの顔が見えた。そのまま意識が途切れ途切れ、明確になったのは病室のベッドの上だった。

 「こんなに大掛かりだとは思ってなかったわ・・・」と言いたかったが、身体は動かないし声も出なかった。とりあえず大丈夫だと伝えたくて、嫁さんの手を握った。
 「なんかね、今日調べたところには胆石なかったんだって。」という、嫁さんの驚きの一言でより意識がはっきりしたのを覚えている。
 どうやらCT撮影したときに見えていた胆管だか十二指腸だかどこかの石が、今日の検査ではなくなっていたということだった。ないならないに越したことはない。

 数時間後、先生が病室にやってきて、検査の結果を教えてくれた。今日の検査では石はなかったが、たんのうの中に石がある状況は変わっていないということ。そして、外科的な処置をしたほうがいいかもしれないので、入院中に外科医の診断を受けることをおすすめします。といった内容だった。
 検査結果を元に外科の先生と話したところ、たんのうそのものを取ってしまったほうがいいかもしれないね、ということだったと。

 「当院の副院長で、とても頼りになる先生ですよ」と付け加えてくれた。


   胆石入院日記5

胆石入院日記3 ERCPってなによ。


     胆石日記


 だんだん書くのも飽きてきたな。
 ところで関係ないけど事業仕分け第二弾って連日テレビで取り上げられてるけど、あんなもん結果だけ取りまとめてくれりゃいいよ。つまんねえ仕分け会場を捏造気味に面白おかしくとりあげることに何の意味もないだろ。ネットで中継してるわけだし。手段をあえて目的化して祭り上げるテレビ番組の典型だな。あほらし。

 さて。入院なんですけど、金曜日の夕方入院して、土曜日の午前中に胃カメラ。午後はなにもすることがない。まあ家族とかが面会に来て、本を買ってきてもらったり、携帯の充電器がやっと入手できたりという変化はあった。もちろん食事は出ない。点滴と水分だけの生活。
 続く日曜日もなにもすることがなく時間が過ぎる。
 まあ、夜眠れないので昼間けっこー眠くなる時間があってよい。ただ昼寝すると余計に夜眠れなくなるので極力昼寝はしないようにする。

 このときの俺の心配ごとって言うのはもう、保険証のことだけで、なんでもっていまだに書類が来ないのか理解できないのだが、確かにそういう会社だったことを思い出して気分が悪くなっていた。もうすでに俺の中では何もかも、ポストが赤いことや郵政民営化に賛成するのも反対するのも首相が鳩山なのも、全部会社が悪いということになっていた。
 ようやく縁が切れたと思っていたのに、こんな形で苦しめられるとは、サスガ、である。仕方ないので週明け月曜日に連絡しようと決意した。
 それともうひとつ懸念があって、なんと加入している任意保険の保険証券が見当たらないと嫁さんから連絡があったのだ。むう。めんどくさい。ネットにつながるパソコンないし、ケータイで何か調べるとか苦手だし。苦労してアフラックの電話番号調べて電話してみたけど受付時間平日だし。これもまた月曜日に持ち越すことになった。

 甥っ子たちがお見舞いにとコミックガンガンクレヨンしんちゃんを差し入れてくれたのだが、さすがに読む気がしない。なので携帯でドラクエ2をダウンロードしてやることにしたら、一日でレベル20まで成長してしまったのでひいた。ドラクエ2って携帯版は難易度低くなってるかな。それとも大人になったってことなのか。そしたらあのドラクエ3が四月下旬に携帯版として配信されるとサイトに書いてあってびっくりした。対象機種がどの辺になるのかが気になるな。相変わらず俺W52Sだし。

 先生がわざわざ病室までやってきてくれて、血液検査の結果、肝機能の数値がかなり下がってきていると教えてくれた。ふむ。よい傾向だ。

 翌月曜日14時からERCP検査をすることになっていた。できたら家族も呼んでくれと言われていた。
 ERCPってのがいまいちわからなくてすっとんきょうな顔をしていた俺に先生は「内視鏡みたいなものです。胃カメラより少し大変なので意識が朦朧とするようなお薬つかって、十二指腸の方まで見るんですね。それで、胆管を塞いでいるような胆石もとっちゃいますから。」と教えてくれた。
 いろいろなことを自分に都合よく変換する脳を持っている俺は、「なんだ胃カメラのバージョンアップ版か。しかも麻酔してくれるならいいじゃん。どんとこい。」と思った。

 当日、朝からこの世で一番嫌いな人間に電話をかけ、書類の催促をし、アフラックに電話をした。アフラックは、保険証券がなくても大丈夫だということを教えてくれ、給付金の請求書などの書類を送っておきますと言った。さらに、証券の再発行の手続きもできるので一応書類を送っておきますと言ってくれた。とりあえず心配事は片付いた。

 午後、病室で検査着に着替えさせられると、嫁さんと父親がほどなくしてやってきた。前の晩はやはり眠れなかった。
 時間になり看護士さんに連れられ、一階までエレベーターを降りた。
 俺は点滴のぶら下がった棒をガラガラ押しながら、昨日胃カメラを飲んだ部屋へ向かって歩き出したのだが、看護士さんが不意に「あ。こっちです。」と呼び止めた。
 「え?」

 「ご家族はこちらでお待ちください」と、廊下のソファーを案内され、俺は内視鏡検査室じゃない部屋へ案内された。
 部屋には何人もの看護士さんがいて、真ん中にベッドがあり、そのベッドは大きな機械に上下から挟み込まれるように狭苦しそうな感じだった。
 「あれ? 胃カメラと同じじゃないの・・・?」
 とたんに大きな不安に襲われた。

  胆石入院日記4